第24話 雨女、偽物を見破る
「どうしてこんなにも汚い石があるのですか?」
偽物の宝石を雑に扱うティアナの姿にはドラウトもリラーゾも驚いて声が出なかった。
「ティアナ嬢は一目見ただけでそれが偽物だと分かるのか!?」
魔法適性を持たないのに!? という驚きを含んだ問いかけにティアナはこてんと首を傾け、眉をひそめながら偽物を突き出した。
「だって、これ泥団子ですよ?」
二人の脳内でティアナの言葉がぐるぐる回って、やっと着地した。
「「はぁ!?」」
大の男二人が驚愕する目の前で、ティアナが強く握ると宝石の表面に亀裂がはしり、真っ二つに割れた。
ドラウトとリラーゾから見れば、か弱い少女が何よりも硬いとされる宝石を握り潰したのだから恐怖だった。
「ご覧の通り、簡単にボロボロに崩れてしまいます」
「え、あっ、いや、そのようだけど……ティアナ様には実は魔法適性があったりするのでしょうか?」
リラーゾからの質問にまたしても小首を傾げる。
「魔法が使われているのですか?」
最初から話は噛み合っていなかったけれど、ティアナが洗練された審美眼を持っているのは立証された。
そもそもレインハート王国出身であるドラウトやリラーゾが使いこなす魔法と、シエナ王国出身のティアナが扱う聖女の力は異なる。
先天的に与えられた自分の中に渦巻く魔力を使って発動する魔法の習得には相当の努力が必要なのに対して、聖女の力は後天的かつ強制的に与えられたものだから修練は必要ない。
むしろ、常に能力が発動しているようなもので、感情の起伏によってその強弱が異なるため自分自身のコントロールが何よりも重要となる。
聖女は生活の中で無意識のうちに力のコントロールを習得するとリーヴィラから教わった。
しかし、ケラ大聖堂に閉じ込められたティアナにはその機会が訪れなかったために16歳を目前にしてもコントロールの方法を知らなかったのだ。
「大地の恵をこのような形で使うなんてあんまりです。この子たちは泥団子にされるために生まれてきたわけではないのに」
悲しみ、慈しむように手のひらにある乾燥した土を見つめる。
ドラウトたちもようやく偽物の
「もしよければ、その土を庭園に還すことはできないだろうか。きみが育てている花たちもきっと喜ぶ」
リラーゾは呆気に取られた。
あのドラウトが……
「よろしいのですか⁉︎」
「きみが水を与えれば、どんなに元気のない土だって活気に満ちるさ」
愁いでいた表情から一変したティアナが駆け出す。
一目散に庭園に向かい、庭師にも断りをいれてから土を撒いた。
その天真爛漫な後ろ姿を見つめるドラウトの優しい目をリラーゾは知らない。
何十年も一緒にいる乳母兄弟も知らない表情を簡単に作ってしまうティアナに尊敬と少しだけの嫉妬心を抱いてしまった。
「恋か……」
そんなつぶやきは花を撫でるそよ風に流され、微笑み合うティアナとドラウトには聞こえなかった。
ティアナの足元から這い上がり、肩の上にちょこんと乗ったリーヴィラが水やりを始める。まだ微細なコントロールが出来ないからこその共同作業だ。
「他にも偽物が出回っているのですか?」
ティアナがドラウトを見上げると彼は重々しく頷いた。
「黙っていてすまない。ティアナ嬢の心配事を増やしたくなかったんだ。あの偽物は魔力を知覚できない者には本物との見分けがつかない。それに壊すこともできない。……またしてもティアナ嬢の力を借りることになってしまう」
「わたし、嬉しいんです。聖女としてレインハート王国の人たちの力になれることが。そして、何よりも……ドラウト様に必要とされていることが」
「っ‼︎」
久々の不意打ちをくらい、普段は澄ましているドラウトの頬が朱に染まる。
かつてのティアナであれば、血色のような些細な変化は元来の弱視によって気づかなかった。しかし、今は違う。
ドラウトの動揺をはっきりと見ることができた。
「ドラウト様、わたしの目を治してくださり、ありがとうございます。こうして、お顔が見えるのはドラウト様のおかげです」
満面の笑みで丁寧にお辞儀するティアナの姿に更に頬を赤らめたドラウトは堪らず、片手で顔を覆い隠した。
「どうしました?」
「いや。きみの破壊力を思い出しただけだ」
はて、と小首を傾げているとドラウトはティアナの手を取って、自分の頬に押し当てた。ひんやりとした指先が火照った頬を冷ましてくれるようだった。
ドラウトと一緒に庭園を離れ、テラスに向かう。テーブルの脇には一本の傘が立て掛けられていた。
「うわっ! 大きな傘ですね。何用ですか?」
「二人で使う用だ。
とてもではないが、ティアナが片手で持てる重さではない。
相合い傘で領地の視察を行う国王と聖女。その光景を想像して、ティアナは頬を緩めた。
「これがあればドラウト様の肩も濡れませんね」
期待の眼差しを向けられれば、傘を開かないわけにはいかない。
大人二人が入ってもしっかりと雨を防いでくれる巨大な傘を持ったドラウトを見上げたティアナが寄り添うように呟いた。
「今から雨を降らせましょうか?」
本気なのか冗談なのか判断はつかなかったが、ティアナが楽しそうならそれだけで幸福感で満たされ、胸の奥が暖かくなる。
傘をさして笑い合っていたドラウトは真剣な目になって、ティアナへと向き直った。
「王都へ行こう。国内の問題の多くは解決へ向かっている。国外に目を向ける時がきた」
「はい。ドラウト様がご所望とあればどこへでも」
「それにティアナ嬢の誕生日が近いだろう?」
そういえば、そうだ。
昨年の誕生日に国外追放されて、すでに一年が経とうとしていることに気づき、ティアナははっとした。
あまりにも日々が充実していて一年があっという間だった。
「ようやく式の準備も整った。ティアナ嬢の教育も完了している」
緊張から息を呑む。
「式を挙げよう。かつてないほどの盛大な式を――」
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