第68話 ナタリア、伝言を持ち帰る
※ナタリア視点
ミラジーンと共に母国であるナビラ王国に戻ったナタリアは、薪売りに変装してグリンロッド王国の関所を超えた。
グリンロッド王国の王宮と後宮には大勢の魔法使いが雇われ、常に交代で火魔法を発動し続けている。
だからこそ、広大な建物でも防寒できているのだ。
しかし、下級貴族や庶民は違う。
いくら魔法に秀でた民族だけが暮らしていたとしても魔力は無限ではない。
火魔法を火種にして薪を燃やさなければ暖は取れないのだ。
ナタリアはグリンロッド王国が唯一、簡単な確認作業だけで通行を許可するのが薪商人だけだと知っていた。
今回の侵入作戦はナタリア以外には成し得ないものだった。
「ミラジーン様、グリンロッド王国に入りました」
目深に被ったフードを外しながらミルクティー色の髪を振りまく。
合図を聞くまで大量に積んだ薪の中でじっとしていたミラジーンが這い出てきて、体を伸ばした。
「そのような場所に押し込んで申し訳ありません」
「新兵の頃はもっと厳しい訓練を受けていた。悲惨な戦場で生き延びたこともある。これくらいなんて事はない」
このままティアナが囚われている王宮まで向かおうかと作戦会議をしていた時、ふとナタリアはポケットの中に重みを感じた。
「まさか――」
勢いよくポケットの中に手を突っ込むと指先にコツンと何かが当たった。
確信を持ってミラジーンにも見えるように取り出す。
「小瓶? 中身はなんだ?」
「ティアナ様にお預けした魔法具――
ごくりとミラジーンが喉を鳴らす。
魔導騎士としては優秀なミラジーンだが、魔法具の知識には明るくない。
その点、ナタリアは魔法具の扱いに関してレインハート王国で右に出る者はいないとまで言われている
そんな彼女が
「しかし、どうしてそれがナタリアのポケットに?」
「この魔法具にそんな機能は備わっていません。どんな方法を用いたのか想像もつきませんが、ティアナ様が私に届けてくださったようです」
小瓶に蓋をするコルクを開けると中には折り畳まれた小さな紙が出てきた。
目を細めても読めないほどの細かい文字だが、ティアナの筆跡であることに間違いない。
「ミラジーン様、読めますか?」
「いや、無理だ」
沈黙する二人は同時に顔を上げて同じことを口走った。
「ドラウト陛下!」
「ドラウト様!」
この手紙の宛先はナタリアではなくドラウト。
ナタリアに送りつけたのは、自分に代わりドラウトへ渡して欲しいという意図が込められていると察した二人は真逆の行動を起こした。
「すぐにティアナ様を探し出す! なんでも自分で解決しようとされるお方だ。内容は分からないが、ドラウト様へメッセージを残されたなら危険が迫っているに違いない」
「断定するのは早計なのです。こんなに細かい文字を書けるのならまだ余裕があると見るべきです。心配するな、という意味合いも込められているのかもしれません」
「何を悠長なことを!」
鬼の形相のミラジーンがナタリアの胸ぐらを掴む。
「ティアナ様だぞ! あの方の命は何よりも重いのだ! 全ての事象よりも優先すべきだ!」
ミラジーンが取り乱すのはティアナ絡みの案件だけというのは使用人の枠を超え王宮内、ひいては国内の常識と化している。
ナタリアは一番近くでティアナとミラジーンの関係を見ているから胸ぐらを掴まれるのは当然だと分かっている。
ナタリアとしてもすぐにでもティアナを救い出して元の生活に戻りたいと心から願っている。それ程までに今の生活を気に入っていた。
「……帰国します」
それは苦渋の決断だった。
「貴様! ティアナ様の目前でティアナ様を置いて逃げ出すというのか!」
「逃げるのではありません。ティアナ様の意思を尊重するのです。私たちまで捕まってしまっては本末転倒なのです。ミラジーン様はティアナ様の失望するお顔を見たいのですか?」
「うぐっ……そ、それは――」
少々、強引なやり方だが、熱くなったミラジーンを止めるならティアナの名前を出すのが手っ取り早いというのも王宮内では常識だ。
「私の事情を知りながら私を受け入れてくださったティアナ様を裏切るような真似はしません。絶対にです」
「本当だろうな。万が一にもティアナ様に牙を剥くようなことがあれば――」
「死あるのみなのです。ミラジーン様と同じく、私の命はティアナ様に救われたもの。私が何者であったとしてもあの方への忠誠心に変わりはないのです」
いよいよ腰の聖剣にまで手を伸ばしたミラジーン。
ナタリアも服の下に隠したナイフ型の魔法具を出せるように密かに構える。
ミラジーンが堂々と正義を執行する騎士ならば、ナタリアは影から敵を排除する暗殺者だ。
このまま戦闘すれば周囲にどんな被害が出るのか想像もつかない。
二人ともティアナのことが大好きなのだ。
ティアナへの想いが強いからこそ意見がぶつかり合っているが、できることなら衝突は避けたい。
問題はどちらが折れるかという点だった。
「……分かった。ティアナ様からのお手紙をドラウト様へ届けよう」
「ありがとうございますなのです」
「だが、必ず戻るぞ。このままティアナ様を見捨てるような真似は絶対にしない」
「もちろんなのです」
ミラジーンは緊急脱出用に与えられたドラウトの簡易転移魔法を発動させた。
クラフテッド王国でティアナが使ったものと同じものだ。
ティアナはいとも簡単に扱っていたから自分にも出来ると思っていたが、それは間違いだった。
ドラウトが一度発動した転移魔法を無理矢理、抑え込んで持ち歩いている状態だ。他者が管理する魔法を再度、発動し直すというのは想像よりも難しいものだった。
過去には魔導騎士団の副団長を務め、雨乞いの儀式の供物に選出されるほどの魔力量を持つミラジーンでも四苦八苦しているのだ。誰にでも出来る芸当ではない。
(魔法適正を持たないティアナ様は涼しい顔でやってのけていたのに)
そう思えば思うほど、ティアナへの尊敬の念と
◇◆◇◆◇◆
場所はクラフテッド王国の辺境伯領。
現在ドラウトは領主の厚意で用意された屋敷を拠点としている。
簡易転移魔法で戻ったナタリアとミラジーンはドラウトの眼前に控え、ティアナからのメッセージカードを献上した。
「陛下なら読めますでしょうか」
ナタリアからの質問に答えることなく、しわしわの紙に目を走らせた。
ティアナからの文を読み終えたドラウトに、頭上の龍神リーヴィラが耳打ちする。
ちょうどティアナがシュナマリカから聞かされた内容をアグニルから受け取った新鮮な情報だ。
次の瞬間、ドラウトの魔力が爆発した。
その威力は凄まじく、屋敷の屋根も壁も調度品も全てを破壊するほどだった。
屋敷の使用人が無事だったのはリラーゾの機転のおかげだ。
「この腐りきった国は僕が滅ぼす。僕の太陽に手を出したんだ。グリムベルデは一人残らず殲滅する。これは決定事項だ」
ギロリと鋭い視線で見回す。
「関所をこじ開けるぞ。各国の特級危険種の群れを転移させてやろうではないか。関係の無いクラフテッド王国民の避難誘導を急げ」
「は、はっ!」
ティアナのおかげで懸念していた外交問題はクリアできた。
彼女が危険を冒してまで得た情報だ。絶対に無駄にはできない。
ドラウトは久しく連絡していなかったシエナ王国へと小飛竜便を飛ばすように指示し、完全武装してグリンロッド王国との国境へ向かった。
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