第43話 聖女、興奮する
いくらクラフテッド王国側から「好きに
緊張というよりも興奮が勝り、そわそわしているティアナの前で一人の少女が丁寧にお辞儀した。その所作だけで貴族令嬢だと分かる。
クラフテッド王国に滞在中、ティアナの身の回りのお世話係を務めると説明してくれた侯爵令嬢の後に続き、応接室へ。
廊下を歩いている間もティアナはずっと天井や壁を凝視していた。
(視力が良くなってよかった。こんなにも素敵な内装を見ることができたのは全てドラウト様のおかげね。一緒に王宮の中を回れればもっとよかったのだけど……)
式の打ち合わせで忙しいドラウトと別行動になってちょっぴり不満顔のティアナ。
背後で手を組み、廊下を歩くティアナを眺めるミラジーンは騎士の任を解かれていたとしても警戒を怠ることはない。
かつてのように男勝りな凛々しい顔つきではなく、侍女に相応しい落ち着いた相貌の下では、いつ何が起こってもティアナ様をお守りする、と静かに意気込んでいた。
「見て、ミラジーン。本国の王宮とは全然違うわ」
「さようでございますね」
もちろん、声も高めに出す。抜かりはない。
いつになく無理して侍女らしくあろうとするミラジーンの雰囲気を感じてティアナは笑ってしまった。
「レインハート王国とは別の暑さがあるわね」
照りつける太陽の暑さを緩和できるように工夫を凝らされたレインハート王国の王宮とは造りが根本的に違う。
それに各所に施された装飾が間違い探しのようになっていて好奇心をくすぐられた。
廊下を歩くだけでもキョロキョロして歩みが遅くなる。この様子では部屋に着くのはいつになることやら。
しかし、案内役の侯爵令嬢も使用人たちも困ったり、苛立ったりする様子はなかった。
「ティアナ様、お仕事中ですよ」
「はっ、そうだった。あまりにも素敵でつい」
「お気に召していただけたなら何よりです。式までにはお時間をいただきます
応接室でティータイムの準備を進めていたバトラーの老紳士にそう言われては遠慮は無用だ。
悪戯っ子のように笑うティアナはミラジーン、ナタリア、侯爵令嬢を連れ、王宮内の探索を始めた。
実際には広くないのに、視覚的に広く見えるホールには度肝を抜いた。
仕掛けの謎を解くことで開錠する扉に悩んだり、音が鳴る時計に驚いたり、とティアナは豊かに表情を変え、クラフテッド王国の王宮を堪能した。
ふと、中庭から奥へと繋がるレンガの道を見つけたティアナが小さな声を上げて、指をさす。
「この先は何があるのでしょう?」
「はい。クラフトローズガーデンという造花の庭園があります。ですが、そちらは立ち入り禁止となっていますのでご了承ください」
「そうなんだ。分かった。絶対に入らないわ」
「痛み入ります」
その後、ドラウトと合流したティアナは謝罪式が翌日になったことを聞かされた。
「なんでもあちらの王子が工房にこもって出てこられないらしい」
王子とは、次期国王候補筆頭であるザラザールという若き天才のことだ。
現国王の実子ではないが、クラフテッド王国内では王太子という扱いを受けている。
"出てこない"ではなく、"出てこられない"というなら何か事情があるのだろう、と考えるティアナの眉間にしわが寄る。まだまだ幼少期からの習慣は抜けそうもない。
「呼び立てたのはあちらなのに失礼です」
ぷくっと頬を膨らます。
「わたしはともかく、ドラウト様はお忙しいのに」
「この件についても謝罪を受けたよ。クラフテッド国王は頭が低くて扱いが難しい。僕のような若輩者相手に首がもげるほど謝罪してくるんだ」
次はドラウトの眉がへの字に曲がる。
二人して困り顔をしていると、どちらともなく吹き出した。
「何にしても今日は泊まりだ。不安は?」
「ありません。強いて言うなら、
凶暴な飛竜も龍神もティアナの手にかかれば等しくペットだ。
そんな不敬にもあたる行為が聖女だから許されるのではなく、ティアナだから許されているのはドラウトにとっても誇れることだった。
◇◆◇◆◇◆
盛大な歓迎の夜会に参加したティアナは与えられた二階の客間で寝る準備を整え、ミラジーンとナタリアを控えさせた。
ティアナが眠る直前に窓を開けると、昼間に立ち入り禁止だと言われた庭園の方向を見下ろすことができた。
「あっ」
夜中なのに真っ赤な光を放っていたから気になってしまったのだ。
「……何かしら? でも、入ったら怒られるし」
仕方なく窓枠に肘を置き、強くなったり弱くなったりする赤い光を見つめているとレンガ造りの歩道の向こう側から人影が歩いてきた。
思わず、カーテンの影に隠れる。
覗き見ると人影の正体は同年代の少女だった。
「なんだ、びっくりした」
「誰!?」
「あ、ごめんなさい。わたし、ここに泊めてもらっていて」
ティアナを見上げる少女にレインハート語で謝罪してから、クラフテッド語に切り替える。
「変な言語。他国の人?」
「何をしていたのか教えてもらってもよろしいかしら?」
変な敬語は承知の上で尋ねる。
少女は不審がりながらも一つの石ころをティアナに見えるように持ち上げた。
「レインハートの
しょんぼりする少女にティアナはなんと言葉をかければいいか迷った。
今回の来訪はその偽物を作ってしまったことへの謝罪を受けるためのものだ。
ドラウトからは偽物の
「もう要らない。こんな汚いもの」
彼女は偽物を握り潰し、パラパラと砂になった
「あなたにもそれが泥団子に見えるの?」
「あなたには泥団子に見えるんだ。あたしには汚いものにしか見えない。ねぇ、あなたの首飾りは綺麗ね」
少女が指をさしているオレンジジュエルのネックレスを指先で愛でる。
ティアナは少しだけ視線を逸らしただけなのに、ついさっきまでいた少女の姿はなくなっていた。
「なんだっただろう……」
不思議な出会いの後でも、環境が変わってもティアナの寝つきが悪くなることはない。
ティアナは翌日の公務に備え、ぐっすり眠るのだった。
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