第42話 聖女、空を飛ぶ
砂漠を楽々走る砂竜と違って、飛竜は大空を滑空することができる。
その速度は常人には耐えられない。途中で呼吸ができなくなり、失神して落下するのだ。よって、魔法で自分を保護するか、専用のアイテムが必須となる。
また飛竜は砂竜よりも凶暴な性格のため、扱いには厳重注意。熟練の者でも飛竜の機嫌を損ねて踏み潰されたり、喰われたり、そういった事故が起きやすい危険な生き物なのだ。
「さて、予習しますよっと」
そんな危険種である飛竜の背中に取り付けられた
これから向かうのはシエナ王国の西南にあるクラフテッド王国。シエナ王国と同じで魔法適性を持たない民族の国だ。
シエナ王国ほど魔法使いを毛嫌いしていないが、魔法に頼らずに生活できるように、と工夫を凝らした道具作りを得意としている。
クラフテッド王国が他の四国と大きく異なる点は王家がいないということに尽きる。
国を治る国王は、いかに便利で国益になるアイテムを作ったか、という点で評価されて国民が選出するのだ。
その変わった習わしから複数の天才がその時代にいればすぐに国王が変わることもある。過去には就任から三日で国王が代わった例もあるとか。
「本当に変わった国ね。頭がこんがらがりそう」
「ティアナ様、ちゃんと手綱を握ってください。落ちたら一大事です」
「落ちないよ。レオーナちゃんは賢いもん。それに一度落ちた時は上手にキャッチしてくれたから」
レオーナちゃんとは、ティアナが友達になった
ある日、リーヴィラが丸呑みしてきた卵を口から吐き出し、手探りで温めていたら生まれたのがこの子だ。
リーヴィラは卵泥棒をしてきたのではなく、親ドラゴンの了承を得て持ち帰ったと言う。実際に孵化後は飛竜の
先ほど、ティアナが口を滑らせた内容はあっという間に成長したレオーナの飛行練習の際に起こった事故だ。
ミラジーンが知らない事故に青ざめる。それもそのはず、ミラジーンが不在の時の出来事だ。
この数ヶ月でティアナを取り巻く環境は少し変わった。
現在、ミラジーンの肩書きはティアナ王妃付きの専属侍女で、王命によって騎士の任は解かれている。だから、腰に剣はない。
侍女らしく機能性に富んだメイド服で、飛竜にまがるものだから風でめくれるスカートを鬱陶しそうに押さえていた。
「やっぱり過去に落ちてるじゃないですか!」
「わたしとしてはそんな格好で空を飛ぶミラジーンの方が心配だよ」
「規則ですので。侍女には侍女に相応しい服があるのです」
「えー、わたしには重装備させるくせに」
「……ティアナ様、話を逸らさないでください」
ティアナは狩りに行くような動きやすい服の上からプロテクターをつけている。
龍神リーヴィラの庇護下にあって、飛竜と契約を結び、極めつけはドラウトの防御魔法だ。仮に遥か上空から落ちてもティアナは無傷でケロっとしているだろう。
それでも念には念を入れて、とミラジーンは譲らなかった。
「そろそろ高度を下げますよ。式を執り行う王宮が見えるはずです」
「なんで、ごめんなさいするだけなのに式を催すのかしら。王族って面倒事が多いよね」
「一歩間違えれば国際問題になりかねませんからね。それに、クラフテッド王国は王家を持たない国なので立場的にはどうしても弱くなってしまうのです」
「ふ〜ん」
せっかくの謝罪式だ。
クラフテッド王国の謝罪が終われば、次はシエナ王国の代表としてこの数百年間、聖女を国外に出さなかったことを謝罪しようとティアナは考えていた。
もちろん、リーヴィラから聞いた話も伝えるつもりだ。
本当はリーヴィラも連れてこられれば良かったのだが、彼はレインハート王国の守神だ。ティアナの守護神ではない。
ほいほい他国へ出向くことは簡単ではないのだ。
そうこうしていると飛竜は高度を下げて、雲の下に出た。
天気は晴れ。
見下ろすと円形の国が一望できた。
「あれがクラフテッド王国の活火山ね」
「よく知っているな」
「ドラウト様!」
隊列を見下ろすように高高度を滑空していたドラウトを乗せた巨大な飛竜が隣に並ぶ。
久々の飛竜でもドラウトは難なく乗りこなし、周囲を圧倒させていた。
「謝罪式までは公務だが、その後はプライベートだ。一緒に山登りでもどうかな?」
「はい、是非!」
読書も好きだけど、外出も好きだ。
それにドラウトと一緒ならどこだって楽しい。
早く式が終わらないかなぁ、などと子供じみたことを考えながらクラフテッド王国へと降り立った。
クラフテッド王国製の飛竜専用の
手厚い歓迎を受けるティアナの姿も堂に入っていた。
不用意に頭を下げることもなく、かといって尊大になるわけでもなく、王妃として適切な
到着早々、式の段取りのためにドラウトとは一時的に別れることになってしまった。
「何かあれば僕が駆けつける。心で強く僕を思い描いてくれ」
「困りました」
もう困り事が? とドラウト。
「わたしの心にはずっとドラウト様が描かれているので、いつでもお呼びしてしまうことになります」
「それで構わないよ。離席するには十分すぎる理由だ」
「冗談です。少しの間だけですよね? それならミラジーンやナタリアがいますから平気です」
信頼する侍女たちを振り向くと、二人は微動だにせず直立していた。
「ドラウト様、では後ほど」
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