第2章
クラフテッド王国編
第41話 ドラウト、頭を悩ませる
※ドラウト視点
上等な獣の角で出来た筒の中から出てきたのは、クラフテッド国王からの文だった。ドラウトは椅子から背を離し、前のめりの姿勢で届いた書状に目を走らせる。
「――こう書くしかあるまないな」
「なんと?」
直立不動の姿勢を崩さずに側近のリラーゾが声をかけた。
「偽物の
随分と雑な要約だな、と苦言を抱きつつもリラーゾはドラウトへと視線を送る。
「一つ疑問なのですが、クラフテッド王国は魔法を使えない民族の国です。いくら製造業が盛んでも、アレを作るのは不可能ではないですか?」
「相手は闇ギルドだ。魔法使い――たとえば、グランロット王国やナビラ王国、あるいは我が国の魔法使いが不法に所属していた可能性もある」
「……本国の魔法使いが関わっていないと切に願います」
困ったように眉をひそめながら、冗談混じりで言う。
ドラウトは書状の入っていた筒ごとリラーゾに渡し、自分の目で確かめるように促した。
「これは
「だろうな。あんな凶暴な獣をこんなにも上等な加工品に変えてしまうとはクラフテッドの技術には驚かされる」
「その技術を悪用されてますけどね」
「言うな」
リラーゾが黙読している間にドラウトはどうしたものか、と悩む。
書状には「直接謝罪させて欲しいからクラフテッド王国までご足労願えないだろうか。最高のもてなしをさせていただきたい」とも書かれていたのだ。
これまではシエナ王国から追放された聖女ティアナと一緒にレインハート王国内の問題を解決してきた。
国王が国内のどこへ転移していようとも大きな問題はない。しかし、他国となれば話は別だ。
いくら外交のためとはいえ、長期間は国を留守にはできない。
宰相や大臣、リラーゾに任せるにしても叔母のルクシエラ公に大きな借りを作るのは不本意だ。後々に何を言い出すか分からない。
加えて一番の問題は移動手段だ。
転移魔法はドラウトだけが使える血統魔法であり、一瞬にして簡単に他国への侵入が出来てしまう代物だ。
訪問先は魔法を持たないクラフテッド王国。
謝罪前に一悶着あっても困る。
「……はぁ。陸路では時間がかかり過ぎる。それに、シエナ王国には極力ティアナを近づけたくない」
いくらレインハート王国がシエナ王国を統治していると言っても、聖女とは知らずにティアナを追放した国だ。しかも、その元凶になった者たちを処刑した国でもある。
ティアナが望まない限り、近づけたくはなかった。
この大陸はシエナ王国を中心にして五つの国が連なっている。
レインハート王国からクラフテッド王国まで陸路で向かうとなれば、シエナ王国を経由しなければならない。
陸路がダメとなると、残る手段は海路か空路だ。
「飛竜を使いましょう」
「それしかないか。だが、ティアナを乗せるのは心配だ」
「大丈夫ですよ。ザート領訪問の後から竜に乗る練習をされているのはご存知でしょう?」
「それは知っているが、今回は飛竜だぞ?」
バツが悪そうなリラーゾ。
そんな、まさか⁉︎ と思ったが時すでに遅し。ドラウトに伝えるしかない。
「あー、実はですね、奥方様は飛竜の友達がいます」
ガタンッ!
ドラウトが椅子から転げ落ちた。
「な、なぜ黙っていた⁉︎ 怪我なんてしていないだろうな!?」
「いや、だって、ドラウト様が手配したものとばかり」
「……あいつだな。楽観的な蛇の仕業に違いない」
「母国の守神になんて不敬な」
何にしても移動手段に問題はないですね、とリラーゾはクラフテッド王国に到着してからの段取りを考え始めたが、ドラウトはまだぶつぶつと呟いている。
「勿論、ドラウト様もご一緒されますよね?」
「当たり前のことを聞くな。ティアナを一人にするわけがないだろ」
「この文面なら、道中の飛行許可証と宿泊場所はクラフテッドが請け負ってくれるようですね」
「グリンロッドの連中に茶々を入れられなければいいがな。食えない国だ。ティアナから片時も目を離さないでおきたい」
「じゃあ、部屋は一緒にするように手配しますね」
「それはマズイだろ!」
筆を走らせていたリラーゾが目を丸くする。
ティアナとドラウトが名実ともに夫婦となったことは周知の事実だ。
今更、何を恥ずかしがることがあるのだろうか。
怪訝顔のリラーゾの無言の追求から逃れるようにドラウトは視線を逸らした。
「歯止めがきかなくなったらどうする」
「…………ぶふぅ」
予想だにしない返答に盛大にむせこんだリラーゾは、ドラウトのために淹れた茶を取り上げ、一気に飲み干した。
「そうですね。そうですね。別室にしましょう。それがいい。そっちの方がお付きの者たちもよく休めるでしょうから」
「そうしてくれ。すまん」
すっかり変わってしまった乳母兄弟に最初は戸惑ったが、慣れればなんてことはない。
これまで自分のことを放って国のためだけに思考をこらし、働き続けてきたのだ。
心を許せる伴侶を得たことで舞い上がるのも無理はない。
「あ、そういえば、ミラジーンへの処罰はどうお考えですか? 魔導騎士団副団長が一般団員と同じ減給だけというのはいかがなものかと」
「……あぁ」
ミラジーンたちは王都の町でティアナ暗殺を目論んだ刺客を討ち漏らしている。
あの時、ドラウトが来なければティアナは殺害あるいは誘拐されていたかもしれない。
ティアナの口添えもあってミラジーンたちへの罰は減給だけになっているが、本来であれば命はない。それほどまでに大きな失態なのである。
リラーゾとしては納得していない様子だった。
「他でもないティアナがミラジーンへの罰を望んでいないのに僕が処するのはどうなのだろう」
「失礼を承知で言いますが、腑抜けましたね」
「そう思うか、リラーゾ」
「はい」
「お前ならどうする?」
そうですね、とあごに手を当てて思案する。
「騎士団から除名させます。今後のために爵位はそのまま与えておいて、ティアナ様の望み通り専属侍女は続けさせます。がしかし、あれも良い年齢ですからね。身の振り方を考えさせなければなりませんよ」
「そうか……そうか」
「ご存知ですか? 意外とミラジーンは人気があるのですよ」
「意外と、は失礼だろ。でも、ティアナには敵わないだろうな」
「今に見ていてください」
こうして男二人で色恋の話をしたのは初めてだ。
この時のドラウトは今の話が後に一気に進展することを予想していなかった。
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