第37話 雨女、見届ける

 ティアナが精霊殿で祈りを捧げてから十数日後、シエナ王国王都には大勢の国民が集まっていた。


 広場に置かれた断頭台の前に立つのはやつれた顔のギルフォードとマシュリ。そしてドラウトたちによって見つけ出され、拘束されたマルグリット王妃だ。


 当たり前だったシャワーは浴びられず、粗末な食事しか与えられていないのだからギルフォード自慢の容姿は見る影もない。最後まで悪あがきを止めず、生に執着する姿を民衆は嘲笑った。


 妻であるマシュリは精神的にまいってしまい、発言すらできない状態になっている。こちらは何を言われても無反応だ。


 マシュリの背後に立たされたヒートロッド伯爵と夫人はガタガタと奥歯を鳴らし、訪れる死に怯えていた。マシュリの刑が執行された後にヒートロッド伯爵家は廃爵はいしゃくとなり、一家断絶となる。


 唯一、マルグリットだけは二人と違って堂々としていた。誰に何と言われようとも微動だにしない姿は恐怖すら感じる。


 ギルフォードとマシュリの罪はすでに周知の事実だが、マルグリットがシエナ王の暗殺を企て、実行し、ほとぼりが冷めるまで逃げ延びようとしていたことに国民は驚きを隠せなかった。


 彼らはこれからギロチンで処刑される。


 この方法はドラウトの私怨によるものではなく、彼らの罪を広く国民に知らしめ、記憶に留めることで同様の犯罪を未然に防ぐための措置とするものだ。


 ティアナとしてはやりすぎではないかと疑問を抱かないわけではない。できるなら助命したい気持ちだった。


 しかし、ギルフォードとマルグリットは王族でマシュリたちは貴族だ。

 私利私欲のために国を乗っ取り、民をあざむき、大衆の命を危険に晒そうとして良い身分ではない。


 同じ過ちを犯す者を二度と出さないためにも今回の措置は必要悪であると説明されて、ティアナは無理矢理に自分を納得させた。


 拘束されているギルフォード、マシュリ、マルグリットが連行されてギロチンの断頭台へ。

 その首が木枠へと嵌め込まれた。


 無様にも泣き叫ぶギルフォードと違い、マシュリは一言も発しない。

 虚な瞳で一点を見つめたままだ。


 彼女の視点の先にはティアナがいる。


「……お前のせいだ。お前がいるから……お前が偽物なんだ。私じゃない……私は聖女だ! 魔女じゃない‼︎ 返せ‼︎ 私の王妃の座を! 返せ‼︎ 私の宝石を!」


 ティアナを睨みつけ、ぶつぶつと呟き始めたマシュリがやがて激昂する。


「こいつがまともに力を使えないから、私が代わってやったんだろ! お笑いぐさだわ。お前ら全員まんまと騙されやがって! 何が聖女よ! 他国に追放されなければ、自分の力も使いこなせないグズのくせに‼︎ こんなブスに欲情できる男がいたなんて傑作だわ!」


 貴族の最期に相応しくない汚らしい言葉で国民やティアナ、ドラウトを罵るマシュリ。


 ヘンメル国王代理が早々に執行人に合図を送ろうとしたが、ティアナはそれを制した。


「その通りです、マシュリ様」


 罵られた腹いせに、マシュリに罵詈雑言を浴びせていた国民が一斉に黙った。


「わたしを追放してくれてありがとうございました。あなたが居てくれたからこそ、わたしは心から愛する男性ヒトと出会えて、聖女としてシエナ王国を正しく導くことができます」


 嘘偽りない、嫌味のない純粋すぎるティアナの言葉は、残酷なまでに鋭いナイフとなってマシュリの心を突き刺し、抉った。


「ティアナぁぁぁあぁぁぁァァァ‼︎‼︎」


 今際いまわきわに泣き叫ぶギルフォードと違って、マシュリはティアナへの憎悪を吐き出しながらも抵抗はしなかった。


「見続けて平気か?」

「はい」

「斬首でショックを受けないか心配なんだ」


 ドラウトは処刑される二人よりも、ティアナの方が心配だという。

 ティアナはドラウトの手をより一層強く握ることで返答とした。


 マシュリの絶叫が断ち切られる。

 ギロチンがつながれていたロープを執行人が切断したのだ。


 三日月型の刃は一瞬にして罪人を苦痛なく斬首する。

 ドン! という鈍い音に続き、処刑を見届けた大衆からは拍手と喜びの声が上がった。



 悪逆君主、ギルフォード・シエナ。

 傾国の魔女、マシュリ・ヒートロッド。

 暗殺王妃、マルグリット・シエナ。


 三名の名は王族、貴族の行った悪しき例として長いシエナ王国の歴史に刻まれることになった。


 そして、次代の聖女認定にはレインハート王国の立ち会いが必須条件となった。

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