第17話 雨女、お祭りに参加する

 あれから数日後、ランタンフェスティバルを開催するにあたってティアナも尽力し、川に流す用のランタンの準備も整った。


 大まかな流れとしては、ここキュウサ領から流したランタンがレインハート王国を縦断する川を流れて最後に大きな湖に出る。


 ドラウトとティアナはスタート地点から転移魔法で中間ポイントを経て、ゴールまで向かうことになっているのだが、開催当日にしてティアナがためらい始めた。


「本当にわたしも参加してよいのでしょうか」

「ど、どうしてそんな悲しいことを言うんだ!?」


 おどおど告げるティアナの肩を掴んだドラウトが今にも泣き出しそうな顔で詰め寄る。


 ドラウトのこんな姿は二人きりの時にティアナだけにしか見せないのだから他の人が見ればイメージと違い過ぎて卒倒するかもしれない。

 そんなことが脳裏によぎりつつも、ティアナは不安げな雰囲気のままだった。


「ティアナ嬢は僕のお嫁さんになるのだから参加しない理由がないだろう!?」


 改めて『お嫁さん』という言葉を聞くとに茹で上がりそうになる。

 でも、意を決して伝えなければいけない。ドラウトにトラウマがあるように、ティアナにもあるのだ。


「シエナ王国では外出を禁じられていましたけど、一年で一日だけは必ず外に出ないといけない日がありました。それが、わたしたちの誕生日です」


 ティアナとマシュリの誕生日はシエナ王国の記念日とされている。

 なので、昼間は国を挙げてのイベントが催される。


 夜の誕生日パーティーのみではなく、昼間のイベントにもティアナは強制参加を命じられていたが、その度に自分の意思とは関係なく雨を降らせてしまい、イベントを一時中断にしてしまうことをずっと気に病んでいた。


 ティアナが参加を続ければイベントは中止。大聖堂に戻ればイベントは続行できるが、第二聖女不在となり王族としては良い顔をしない。

 そんな板挟みの中でティアナは生きてきたのだ。


「今回もわたしが出席するとせっかくのお祭りが台無しになってしまいます」


 川に流す予定である紙製のランタンの中にはろうそくが立てられている。

 底は防水加工された材質で作られているが、雨が降ると紙は簡単に破けてしまうだろう。


 ランタンフェスティバルの手伝いをしたからこそ知り得た情報がかえってティアナを躊躇ちゅうちょさせる結果に繋がった。


「そんなことはない! 見せたいんだ。ティアナ嬢の優しさによって豊かになったレインハート王国を! これからもずっときみが生きていく国を!」


 力いっぱい手を握られ、強弁にも近い物言いをするドラウトの姿勢にティアナは戸惑った。

 確かに目は良くなったのだから見てみたい気持ちはある。だけど、自分がわがままを通して、他の人に迷惑がかかるなら不本意だった。


「お気持ちは嬉しいのですが、みんなが楽しみにしているのに水を差すのは……」

「いいんじゃねーの。夜だろ? オレ、手伝うぜ」


 擬態しているアクレットから小さな白い蛇の姿に戻った竜神リーヴィラがティアナの肩にちょこんと乗り、助け舟を出してくれた。


「リーヴィラ様が? 雨が降らないようにできるのですか?」

「ん〜、まぁ、なんとかなるだろ。一時間程度でいいか?」

「十分だ。長時間、夜にティアナ嬢を外出させるつもりはない」


 何か考えがあるらしく、リーヴィラを信じることにしたティアナは着替えのために一度部屋に戻ってからエントランスでドラウトと待ち合わせた。


「よく似合っている。では、行こうか」


 暖色系のドレスに身を包むティアナはそっとドラウトの腕に手を乗せると瞬く間に転移が完了し、すぐさまドラウトが傘をさしてくれた。


 濡れてしまわないように配慮してくれる度に心が暖かくなる。すっかり傘を持ってもらうのが日常になってしまい、恐縮しつつも頭を下げた。


「ドラウト様、ありがとうございます」

「ちぇー、今日も雨かよ」


 お礼を告げた直後、子供たちの本音がティアナの心をえぐった。

 子供たちに悪気はないと分かっている。それでも、自分が外出したせいであの子たちを悲しませていると思うと心が寒々しくて苦しかった。


「こらぁぁあぁぁぁぁぁ!! 申し訳ありません、ドラウト様! 聖女様!」

「ご容赦ください! どうかこの子だけは!!」


 すっ飛んできた親たちが子供たちの頭を押さえ込みながら、地面に額をこすりつけて一緒に謝罪する。

 彼らがティアナではなく、ドラウトを畏れているのは明白だった。


「ティアナ嬢、どうする?」

「どう、と言われましても……全てはわたしが悪いので叱らないであげてください」

「ティアナ嬢がそう言うのであれば、僕から告げることはない。」


 ドラウトの優しい一面しか見た事のないティアナだが、こういう場面に出くわすとドラウトが冷酷非道な男と噂されているのが事実なのだと痛感させられる。


「子供たちがランタンを流す。さぁ、行こう」

「はい。リーヴィラ様、お願いします」

「あいよっ」


 ティアナの肩から飛び立った竜神が青白く輝く。

 傘の下から顔を覗かせたドラウトがゆっくりと傘をおろした。


「……雨が、雨が止んだ!」


 誰かの呟きに続き、集まっている領民たちが次々と夜空を見上げる。

 雨除けのために日傘をさしていた人たちも傘をたたみ、思い思いのままに川にランタンを流し始めた。


「ろうそくの火が水に反射してすごく綺麗」


 川を流れるランタンを走って追いかける子供たちの姿を見守りながら、ティアナは息を吐いた。


 各領地で同時刻に流されたランタンが湖に向かって川を進む。

 国を縦断する世界最長の川だ。終着点に流れ着くには相当の時間がかかるだろう。


 ティアナの隣で浮いている竜神リーヴィラはずっと天を仰ぎ、口を開けている。その体が大きくなっていることに気づいたのと同時にドラウトが転移魔法を発動させた。


 一瞬にして別の領地への移動が完了する。各領民の様子を遠巻きに見ていたティアナを連れての転移魔法が終わった。

 終着点に到着したのだ。


「ここがランタンたちが目指している湖ですか?」

「そうだ。百年ごとに湖に水が湧き、精霊たちが遊びに来るとされている。今年は来てくれると良いのだが」

「来てくれますよ。きっと――」


 ティアナ自身も精霊の姿を見たことがないのだから下手なことは言えない。だけど、するりと言葉が出てきた。


「一つ、ティアナ嬢に聞いて欲しい話があるのだが、いいかな?」


 まだ誰も居ない湖の畔には風で揺れる小さな波の音と、草木のさざめきしかない。

 だから、落ち着いたドラウトの声はよく聞こえた。


「……実は僕は呪われているんだ」

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