第51話 聖女、守る
(お兄さん⁉︎ ザラザール王太子殿下が兄ということはギギは間違いなく王女様ってこと⁉︎)
簡単な自己紹介しかしていないからティアナはギギナフィスの素性については知らない。
もっと王族らしい挨拶を交わしておけば、と後悔したところでもう遅かった。
「あの、ギギナフィス殿下。大変、失礼いたしました」
「ギギでいい。失礼なのはあたしの方だから」
ギギナフィスが王女の身分に対して、ティアナは王妃だ。
どちらも同じ平民の出自だが、王妃以上の立場になることのないティアナと違って、ギギナフィスは女王になる可能性がある。
今はティアナの方が格上でも今後、立場が逆転することを見越して速やかに謝罪した。
こういった複雑な事情も妃教育を受けていなければ知らなかった。
ティアナは密かに教育係たちに感謝しながらギギナフィスの後に続いた。
「ティアナ様、これはどういうことですか? なぜ、お一人でクラフテッド王国へいらしたのですか?」
「ミラジーンの直感を信じただけだよ。もう少しで核心をつけそうなの。ザラザール王太子殿下にお会いできれば、喉のつっかえもすっきりするはず」
コソコソと話すティアナとミラジーン。
一行が王宮から王都の町を突っ切り、そこから北に進むと活火山――ペロル・パタパリカがそびえ立っていた。
その
迷わずに足を進めるギギナフィスは無機質な扉を可愛らしくノックして、「おにぃ」とだけつぶやいた。
バタンッ!
扉が開くまでの
これまでジンボ王が使いを出そうが、隣国の妃であるティアナが願おうが固く閉ざされていた扉が一瞬のうちに開いた。
「ギギ、そんなに俺に会いたかったのか?」
「違う。おにぃに会いたいのはティアナ」
「誰だ? 俺はギギ以外の女に興味はないぞ」
本当に眼中にないのだろう。
ティアナはギギナフィスの背後にいるというのに、ザラザールとは一度も目が合わなかった。
意識的に逸らしているのではなく、本当に見えていない様子だ。
「あぁ、そこに居たのか。どこかで見たような気がするけど、気のせいか」
「いえ。先日、王宮でお会いしました」
「王宮で?」
本気で覚えていないというザラザールの前にミラジーンを出してみる。
「本日はこちらのミラジーンについて伺いたく
「……誰だ?」
「なっ⁉︎」
自分のことはともかく、求婚したくせにミラジーンの顔すらも覚えていないことに驚きを隠せないティアナはまず初めに自分自身を疑った。
「失礼しました。こちらはミラジーン・カバリアムと申しまして、わたしの専属侍女にございます。先日の謝罪式の際に殿下より見初められたことを覚えています」
きっとわたしの説明の仕方が間違っていたんだ、と思ってやり直す。
すると、ザラザールはぽんっと手を打った。
「俺の嫁候補だったか。王宮での暮らしはどうだ?」
「どう……と申されましても。何もすることのない日々を過ごしています」
「結構だ。そのままでいてくれ。でだ、ギギ、どうして工房に来た。お前はあの庭園で花を愛でていればいい」
「話があって来た」
「そこの嫁候補の話は終わった。火傷をしては一大事だ。早く王宮に帰ろう。送ってあげるから」
「その人、おにぃのお嫁さん候補なの? 聞いてないけど」
初めて見るザラザールの心配顔。
ティアナは幼い頃から親元を離れて育っているから兄弟、姉妹の距離感というものを知らなかった。
だから、ザラザールのことは妹想いの兄だと疑わなかったが、不穏な空気が漂い始めたことは敏感に察知していた。
「第二王子が貴族の娘を娶ったらしい。俺にも嫁の一人くらい居ないと男としての格が下がるだろ。王位継承順位が下がる可能性を徹底的に排除したいんだ」
「その人をお飾りの妻にする気?」
「あぁ。俺たちの明るい未来に犠牲はつきものだ」
その言葉にティアナの胸のざわつきが強くなる。
「……ザラザール殿下」
静かな呼びかけに視線を向けると、俯くティアナは拳を握り締めていた。
「ミラジーンを都合の良い女だとお思いですか?」
「不自由をさせるつもりはない。俺が国王になれば、その人は王妃だ。あんたと同じ立場になって、クラフテッドとレインハートの架け橋にもなれる。ただ、俺とその人の婚姻は表面的なものであって欲しい」
「その計画にミラジーンのお気持ちが入る余地はあるのでしょうか」
「侍女とはいえ、王族に仕えるなら
ギギナフィスの肩を抱くザラザールの姿を見て、ティアナの頭の中ではいくつもの点と点が繋がっていった。
「殿下は鉄加工で国に益をもらたしているとお聞きしました。支持してくれている国民に
「はっ! そんな古臭い話を誰に聞いたんだよ。
「それはなんでしょう?」
「こいつだよ。俺にとってはギギが全てだ」
「では、王太子妃候補は誰でも良かったと?」
責めるような、半ば諦めたような、そんな声色のティアナにザラザールは首を振った。
「誰でも良いわけではない」
「そうですよね。
「肩書きを手に入れる上に何もしなくていいんだぞ。俺は指一本触れないと誓っていい。
「お黙りください」
ぴしゃりと言い放ったティアナの言葉に工房内の温度が下がった気がした。
「ミラジーンはわたしの大切な友人です。そんな自分勝手な理由で渡すわけにはいきません」
「俺に意見するのか?」
「えぇ。わたしは友であり、ミラジーンの主人でもあります。心を尽くしてくれる従者を守るのが務めです」
「王族ってのは面倒くせぇな」
「わたしは殿下やギギと同じで平民の出自です。だからこそ、無闇に権力を振りかざすべきではないと心に決めています」
背後で「ティアナ様……」と感涙を流すミラジーンをひとまずは相手にせず、ザラザールを見据え続ける。
「『
奥の手であるリーヴィラから教わった魔法の言葉を告げる。
実際にティアナの手には何もない。ただのはったりだ。
これでどうにかなると思い込んでいたが、ザラザールは自信満々のティアナを鼻で笑い、一蹴した。
「で?」
ティアナの顔が真っ赤に染まる。
(リーヴィラ様⁉︎ 話が違いますよ! 王族が喚いたらそう言えって言ったのに! 酷いです、リーヴィラ様!)
当然、泣き言はリーヴィラに届かない。
ティアナは心と膝が折れないように必死に堪えた。
ザラザールは苦虫を噛み潰したような憎悪に満ちた顔を一瞬見せて、ティアナに追い討ちをかけるように薄ら笑みを浮べた。
「俺は
ザラザールの視線の先には短剣がある。
ミラジーンは拳を、ナタリアは服の下に隠したナイフをそれぞれが構えた時、遥か遠くから爆発音が聞こえた。
「チッ。このタイミングかよ。おい、早く帰れ。ぼけっとしてると焼け死ぬぞ」
ザラザールの忠告を聞いたわけではないが工房から飛び出して、空を見上げるティアナは言葉を失った。
ペロル・パタパリカ火山から舞い上がった真っ黒な灰が空を覆い尽くしていたのだ。
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