【外見に気を配る】

退職してから1ヶ月半。

社会に出るためには、就活を始めるべきだよねと考えていた。


しかし、町役場を退職した時のままの自分ではまた同じことを繰り返すのではないか。

そんな不安が浮かぶ。


自分はダメな人間だと責める必要はないけれども、自分の気になっていたところは改善してから就活に臨もうと決めた。


私が最も気になっていたのは、【外見】だ。

町役場にいた時は、不潔でノーメイクでいたわけではない。

しかし、朝はギリギリまで寝ていて髪は寝癖をなおすけれども、セットが不十分でうねっていた。


退職前後に至っては、パーマとカラーで痛みすぎて、毛先はボロボロ。

頭頂部はしばらく染めていないからプリン状態。

ホワホワすぎるアホ毛で鳥の巣みたいになっていた。


この髪の状態に気づいたのは、退職してから1ヶ月をすぎた頃。

退職するかしないかでゴタゴタしていた時は全く気付く余裕もなかった。

その人の心の状態が外見に出るとは、まさにこのことである。

心に余裕ができたことで、「この髪、やばくない⁉︎」とやっと気づいた。


このいかにも手のかかりそうな鳥の巣をなんとかするには、都会の腕のいい美容師さんを頼ったほうがいいかも。

そう思い立ち、気分転換もかねて名の知れたチェーン店の美容室に遠出してみた。


美容室では、いかにも都会のお兄さんという雰囲気の美容師さんが担当だった。

そういえば、人と話すの久しぶりだなと気づいてドキドキしてきた。

たぶん、私は少し挙動不審気味だったかもしれない。


お兄さんから「何か希望はありますか?」と聞かれて、「特に長さとか希望はないのですが、とにかくこの痛んでいるところをなんとかしてほしいんです。」と私はオロオロしながら毛先を指差して答える。


すると、「全体的に傷んでますよ。」とお兄さんからツッコミが入った。

今まで、どんだけロクに手入れしてこなかったんだよ。

お兄さんの施術が終わったら、自然乾燥はやめてちゃんとブローもします!と心に誓った。


施術は3時間以上かかった。

どうせ都会の美容師さんにやってもらうならフルコースでお願いしようと張り切ってオーダーを伝えたのだけれども、結局は、長い間放置してきたツケが回ってきただけな気がする。


施術が終わった自分の髪型を見て、「都会の美容師さん、すごっ。」と驚いた。

ボロボロの毛先はスルンとしているし、プリンもホワホワアホ毛もない。

3時間程で鳥の巣がなくなって、スルンとするのだから、お兄さんの腕はすごい。

お兄さん、あのやばい鳥の巣頭をここまでまともにしてくれてありがとう。

そして、長い時間、拘束してすみませんでした。


髪型がちゃんと整えば、びっくりするくらい気持ちが明るくなる。

こんなにルンルンとした気分で歩いたのは、何年ぶりだろう。


美容室を出た後、私にはもう1件行きたいところがあった。


それは、メイク教室である。


実は町役場に在職中から、自分の化粧について気になっていた。

退職時の教育長が指導主事だった頃、「化粧が浮いてるぞ。」と言われたことがある。

今では完全にセクハラに該当するセリフであるが、やはり気にはなっていた。


私は雑誌は買うけれども、メイク特集を読んでも正確なやり方が理解できないくらいメイクに疎い。

指導主事だけではなく、妹にも「化粧浮いてる」と言われるし、化粧品売り場の美容部員さんにも「メイクしてますか?」と言われたことがある。


だから、化粧もなんとかしたくて、人に直接教えてもらうことにした。

田舎には教えてくれる場所はないけれども、都会にはメイク教室はたくさんある。

美容室のすぐ近くにある個別指導のメイク教室に行ってみた。


こちらでも、久しぶりの人との会話に緊張しながら挑んだけれども、接客を商売としている人なだけあって、しゃべりが軽快でうまい。

緊張も解けて笑顔で話せた。

「私、まだ人と話せるんだ。」と少し自信がついた。


そして、ここでもいかに自分が外見に無頓着でいたか思い知らされた。

「メイク道具はこまめに洗ってくださいね。」の基本のキ以前のことを教えられて恥ずかしい。


そして、ファンデーションの塗り方からして全然やり方が理解できてないと知った。本で読んだことは何度かあったのに。

まさに、『百聞は一見に如かず』である。


無職のクセに1日のうちにけっこうなお金を使ってしまった。

しかし、この日の行動を後悔していない。


後にわかったことだが、それなりに外見に気を配ると、接する人の態度が優しくなる。

髪はうねうね、化粧が浮いている鳥の巣頭の者よりは、それなりに外見に気を配っている者に、人は優しくしたくなるのだろう。

町役場を退職してから知り合った人は、親切にしてくれる人が多いと感じた。


『外見で人を判断してはいけません!』という言葉はある。

しかし、人はどうしても外見の良し悪しで物事を判断してしまうのかもしれない。


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