【退職願】
電話にはシン・課長が出た。
私は面談をしたい旨を伝えた。
相変わらずオロオロしながら話していたが、前回の電話(第6章【受診①】参照)のように、半ベソをかいてはいなかった。
事態の収集が近づいたからか、少しは私の異常な状態も改善しつつあるのかもしれない。
面談は明日行うことになった。
明日かぁ。とてつもなく憂鬱だなぁ。気が重すぎる。
電話口で話しただけで泣きそうになった相手と直接会わなくてはいけないんだよなぁ。
その憂鬱な気持ちを紛らわしたくて、私は便箋と封筒を手に取った。
そして、退職願を書いた。
恐らく、町役場の職員としてシン・課長と会うのは明日で最後だろう。
(というより、最後であって欲しい。)
だから、退職願を渡す機会は明日しかない。(というより、明日だけであって欲しい。)
だから、今日中に退職願を書いておこう。
そう思ったのである。
スマホで「退職願の書き方」と検索して、クリックしたサイトに書かれている記入例を見ながら便箋に書き込む。
『一身上の都合』てめちゃくちゃ便利な言葉だなぁ。
退職者にとって、一身上では収まりきらない都合なのだけれども。
一度も間違えることなく、サラッと完成させた。
書面で退職の意思表示をしただけでも、気持ちに区切りがつきそうだ。
明日は頑張ってシン・課長と話せそう。
そんな気持ちにもなる。
翌日。
児童館に向かった。
駐車場にシン・課長の車がある。
もう到着しているみたい。
気持ちがズーンと沈んで、脈が速くなってきた。
ひとまず、児童館の事務所に顔を出す。
臨時職員のKさんが「課長、2階で待ってるよ。案内するね。」と言ってくれた。
その言葉に、ものすごくホッとした。
案内された部屋に入ると、机と椅子が向かい合う形に配置されていて、シン・課長が片側の椅子に座っていた。
怖いという気持ちを抑えながら、「おはようございます」と頭を下げた。
シン・課長はいつも通りに「おはよう。」と答えた。
席に座り、何を言われるのかドキドキしながら待った。
やはり恐怖心は隠しきれなくて、シン・課長の目をまともに見られない。
「お母さんから話を聞いたと思うけれども、しばらくは休職してゆっくり休んで。復職したら児童館への異動を考えているから。今日は神山さんがこれからどうしたいか聞かせて欲しい。」
シン・課長からそう切り出した。
私は昨日考えた言葉を述べた。
「児童館のお仕事をさせてもらえるのはありがたい話だと思ったのですが、今の自分の状態を考えると勤められる自信がありません。
たぶん、これからも今回と同じようなことを繰り返すと思います。もう同じことを繰り返したくないので、退職したいです。
たぶん、私が辞めると喜ぶ人がたくさんいると思います。」
最後の一言は余計だった。
しかし、当時の精神状態から出たものである。
周りの全員が私のことを嫌っているのではないかと本気で考えていた。
シン・課長は、「そうか。」と答える。
少しの沈黙の後、シン・課長は、
「神山さんのために今までいろいろと教えてきたし、一生懸命今後のことを考えたつもりだったんだけどな。こういう結果になって残念だ。」
としんみりした口調で言った。
大変失礼な話だが、シン・課長のこの言葉に対して、感想が何も浮かばなかった。
『
恐らく、この時の私の目は死んでいるように見えたかもしれない。
私は、「あの、」と切り出して退職願をカバンから出した。
「退職願は必要かと思いまして、今日持ってきました。」とシン・課長に渡した。
「お、おぉ。」と言ってシン・課長が受け取った。
退職願が受理された。
あの組織からやっと離れられるんだ。
大変不謹慎ながらこんな場面の中、明るい兆しが見えた気がした。
シン・課長からは、「あまり顔色が良くないから元気になるまで休んで。元気になったらまた頑張ってください。うちの職員ではなくなるけれども、公民館にも遊びに来て。」
とても公民館に行ける気がしません。行けるのは、いつになるかもわかりません。
そう思いながら、「申し訳ありません。お世話になりました。」と頭を下げた。
部屋を出て、児童館の事務所に顔を出した。
「失礼します。今までお世話になりました。」頭を下げた。
事務所の人たちもさすがに気まずかったようで、笑顔はない。
でも、「こちらこそお世話になりました。これから頑張ってね。」と言ってくれた。
これで終わったんだよね?
私は元気になれるのかな?
これから新しい仕事ってできるのかな?
自宅でホッとしつつ、先への不安を感じていた矢先。
また電話が鳴った。
発信者はシン・課長だった。
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