【「もう辞めたい」】
仕事に行けなくなる1日前。
昨晩、残業したにもかかわらず、応募書類の作成はほとんど進まなかった。
内容が急に変わったのもあって、中学校への協力依頼の文章が全く浮かばなかった。
当時もChatGPTのような生成AIがあれば、こんなに手こずらなかっただろうに。
予定では、今日が高校に参加者募集の文章を配布する日だった。遅れが出ている。
参加者募集期間を考えると、できれば今日中に中学校へ配布するところまでいきたい。
中学校への協力依頼の文章を考える。
チラシも作り直す。
中学校のクラスごとのチラシを印刷する。
これらの作業を1日で終わらせなければならない。
しかし、イチからやり直すものが、すんなり終わるわけがない。
疲弊した頭では、文章を考えることさえ容易ではない。
結局、協力依頼の文章だけで半日かかってしまった。
ますます、募集が遅くなる。これでは、参加者が集まらない。
この講座、頓挫するのではなかろうか。
午後の段階で、ネガティブな考えしか浮かばなくなっていた。
結局、チラシを作り直す途中で終業時間が近づいている。
どうにもならなくて、臨時職員のFさんに声をかけると手伝ってくれた。
それでも、チラシの印刷は終わらなかった。
今日も残業するしかない。また1人で事務所に残るのか。
1人で事務所に残って残業するなんて、いつものことだ。
だって、私は仕事「しか」しない仕事大好き人間なんだから。
でも、今日はなんだか虚しくて、悲しくて、胸が切ない。
そんなことを思っていたら、珍しくRさんが事務所に残っている。
Rさんは、シン・課長に怒鳴られてから大きな仕事を任されていない気がしていた。
「Rさん、仕事残ってたんですか?」沈黙も気まずいので、私は聞いてみた。
「おぉ、ちょっとな。」
Rさんが、答える。
数秒後、いきなりRさんはこう切り出してきた。
「神山、正直な。俺、この職場もう辞めたいわ。」
嘆くような弱々しいような、そんな口調だった。
おじさんが弱音を吐くのを初めて聞いた私は驚いた。
「えっ、そうだったんですか⁉︎」としか言えない私に、Rさんはさらに続ける。
「だってよ、この職場には思いやりのあるヤツなんて1人もいないだろ⁉︎こんなとこにいたら、精神的に参るのは当たり前だと思うぞ。」
休職した経緯からも、この言葉が出たのだろうが、やっぱりRさんは私と同じことを考えていたんだ。それだけで、少し目がウルッとしてきた。
「なんとなく、Rさんは同じこと考えるのかなと思ってたけども、やっぱりそうだったんですね。」と、Rさんに思ったことを率直に伝えた。
本当は、仕事の能率が落ちていたことや昨日の出来事で辛い気持ちになっていることも言いたい。
でも、そこまではRさんにも言えなかった。
Rさんは、「誰にも言わなかったけれども」と言った上で、休職を決める直前に手首を切る夢を見たことや退職後はだいぶ昔に取った国家資格を活かしたいと話していた。
そして、私の顔を見てRさんは、
「神山も今日は疲れただろう。見てたらわかったわ。とにかく今日は休め。」
と言って、事務所を出て行った。
Rさんから見ても、私は疲弊した顔をしてたのだろうか。
仕事をしないで私と話して、そのまま去ったということは、これを言いたかったのだろうか。
Rさんと話をして、初めて「辞める」という選択肢があることを知った。
というより、今まで「辞める」という選択肢を見て見ないフリをしていた自分に気づいたのである。
区切りのいいところまで終わったので、自宅に帰った。
食卓で夕食をとる。
米をモグモグしながら、先ほどのRさんの言葉を思い出した。
その瞬間、急に涙がボロボロ出てきて止まらなくなった。
自分でも意外だと思うくらい急に堰を切ったように、涙が流れてくる。
もはや、コントロール不能だった。
この地獄のような2年間でも、優しい言葉をかけてくれる人がいた。
そう思っただけで、感動しちゃうんですけど。
それと同時に、今回の講座のことだけに限らず、今まで起きた嫌な出来事に対する悲しみや苦しみが塊のようになって溢れ出てくる。
出来事の内容1つ1つは、具体的に思い出せない。しかし、とにかく「悲しかった」、「苦しかった」という気持ちだけが一気に噴き出てくる。
今まで嫌なことがある度に泣いてきたのに、まだ泣き足りなかったの?
もう限界かな?
自分に問う。
目の前でご飯を食べていた父が唖然としている。
母も「どうした⁉︎」とかなり驚いている。
昨日のシン・課長との出来事は、家では話さないようにしていたけれど、話すことにした。
こんな事態になったら話すしかない。
そして、私は泣きながら、
「もう辞めたい。」
と両親に正直に話した。
今まで、酒を飲んでクダを巻く私の話を聞いてきた母。
なぜ、私はこの母から生まれたのだと不思議なくらい強気な母。
そんな母が、泣き続ける私を見てこう言った。
「そんな職場、もう辞めてもいい!」
母の堪忍袋の尾が切れた瞬間だった。
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