【最後の日に聞いた言葉】

教育長との面談が終わり、これで最後なのかと安堵した。

しかし、すぐにそれは間違いだと気づいた。


公民館の事務所で、私の席が変わらずに残っているではないか。

やはり公民館には行かなくてはならないのか。

私は肩を落とした。


翌日。

どうしても公民館の人たちに会うのが怖かったので、夜8時前に事務所に行くことにした。


恐る恐る事務所に入ったけれども、誰もいない。

安堵のため息が出てくる。


不要な物をゴミ箱に捨て、仕事のファイルは一つの引き出しに整理した。


職場に行けなくなる前には、机の中も外もごちゃごちゃしていて、整理整頓ができていなかった。

それが、どんどんスッキリしていく。


私はこの時に整理整頓と断捨離の魅力を知った。

仕事場に収納する物は最低限にしておくと、業務の効率も上がりそうだなぁ。

って、もう退職することが決まったから今更気づいても遅いんだけどね。


そんなことを考えていたら、夜間警備のおじさんが事務所に入ってきた。


公民館は、サークルの活動や夜に開催されるイベントなどで職員の就業時間後も開いている。

だから、夜の時間帯は夜間警備のおじさんが毎日勤務している。


この夜間警備のおじさんは、私が子どもの時から勤めている。

昔から夜間図書館を利用する時に、いつも笑顔で「こんばんは。」と言ってくれる人だった。


公民館に配属された日、夜間警備で出勤するおじさんを見て、「あのおじさんだ!」と懐かしくなった。


おじさんは、私が残業した日はよく「今日も頑張ってるね。」など、いつも優しく声をかけてくれた。

公民館には嫌な思いしか感じていないけれども、このおじさんの存在は唯一の癒しである。


おじさんは、私の顔を見るなり、

「退職するんだってね。残念だよ。」

と言った。


私は、「そうなんですよね。今まで声をかけたりしてくれてありがとうございました。」とおじさんに答える。


すると、おじさんは神妙な面持ちをして、


「ここの職員は、悪い!」


と言った。


いつもニコニコしているおじさんがこんな表情をしながら、こんな発言をするなんて。

意外すぎて、驚いた。

おじさんに、なんと答えればいいのか。

言葉が出ない。


私よりもずっと長くこの職場に関わっているおじさんが言うのだから、私が今まで感じてきたことは、思い込みでも被害妄想でもなかったんだなぁ。

そう考えることしかできなかった。


言葉選びに迷っている私を見て、おじさんが「これから頑張ってね。」と言ったので、私は「お世話になりました。」と伝えた。


片付けが終わると、おじさんに最後の「お先に失礼します。」を言って出口に向かった。


この出来事の数時間前。


臨時職員のEさんから、


「退職することにしたんですね。せめてこの先後悔することのないようにしてください。」


とメールが来ていた。


おじさんの言葉を思い出し、


「この先後悔することなんてないだろうな。」


そんなことを考えながら、事務所を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る