【半沢直樹になれなかった私たち】
Rさんは、公民館で最後の会話をした日(第5章【挫ける②】参照)に、こんなことも言っていたっけ。
「俺な、今ハマってるものがあるんだよ。『倍返しだ!』ってさ。堺雅人のドラマのセリフね。あのセリフ、一度は言ってみたいわぁ。」
当時、大ヒットしたドラマ『半沢直樹』の名ゼリフについて、Rさんは笑顔で語っていた。
堺雅人さん演じる主人公、半沢直樹が常軌を超えたパワハラ上司たちに追い込まれた時に放つセリフが『やられたらやり返す、倍返しだ!』である。
結局、半沢直樹は宣言通りにパワハラ上司たちにやり返して土下座までさせた。
しかし、倍返しなんて、やっぱりドラマの世界だけだ。
結局、私とRさんは、半沢直樹にはなれなかった。
半沢直樹のような、やり返そうっていう胆力や冷静な判断力は兼ね備えていない。
ましてや、及川光博さん演じる
日々起きる、嫌な出来事にどう反応すればいいのか判断もできなくて、蔑まれる一方で。
必死に歯を食いしばりながら耐えるしかない。
『自分は孤独なんだ。』という現実を受け入れるだけで、悲しくてただ泣くことしかできなかった。
パワハラが広がる組織の雰囲気に、染まることもできない。
だから、どんどん状況は悪くなる一方だから、ひたすら我慢するしかない。
我慢の限界を超えて、自分でもわけのわからない異常な状態になった。
少しでも元の自分に戻りたかったから、結局、逃げることしかできなかった。
社会人になって初めて泣かされた上司・Bさんは、Rさんのことを「ちっぽけなプライドのせいで、上司とうまくやれないんだ。」と言っていたことがある。
恐らく、私に対しても似たようなことを思っていた気がする。
Bさんのような考えを持つ人から見ると、パワハラの対象になり、退職まですることは【愚行】に思えるのかもしれない。
パワハラの対象になった者は、自分を守るために、そして、自分が自分でいられるために逃げるしかなかったのだけれども。
しかし、逃げる行為自体、愚行だと思われるのだから、いくら『逃げるしかなかった』と説明しても、わかってくれる人はそうそういない。
退職から数年経っても、町民から『次の職場でも嫌な人がいるだけで辞めるんですか?』と言われたり、『男というのは基本、鈍感だからねぇ。』と言われたりした。
(補足をすると、後者は町役場職員と親しい方から言われた言葉で、『あなたが気にしすぎだったんじゃない?』というニュアンスである。)
「パワハラに苦しむ方が悪い」という雰囲気は、町役場に近しい町民を中心に広がった。
だから、誰に何を言っても「あなたが悪いんでしょ。」と言われるのだろうと諦めた。
町役場にいた頃の話は誰にも言わず、心の中で留めておいた。
でも、表に出さないように踏ん張っても本心では、
辛かった。
腹が立った。
ショックだった。
苦しかった。
悲しかった。
悔しかった。
怖かった。
不安だった。
たくさんの嫌な気持ちがいつまで経っても消えることはない。
時が経てば経つほど膨らんでいく。
半沢直樹のような『倍返し』の『ば』の字も言えなかった人たちは、同じような気持ちを抱えているだろう。
パワハラに苦しんだ者たちは、そこから逃げられたとしても、後で嫌な気持ちに苦しむこともある。
私は苦しくて限界がきたから、拙作を書くことにしたのだけれども、苦しみから解放されるためには、【誰かに伝える】ことが必要なのだと思う。
「大抵の人はわかってくれない」と諦めて、伝えることができない気持ちは理解できる。
だから、伝えるのは共感してくれそうな人が見つかった時でもいい。
どうしても見つからなければ、SNSに書く方法もある。
どこでもいいから発信してみたら、案外、共感してくれる人は見つかるかもしれない。
だから、辛かったらとにかく誰かに伝えよう。
苦しんだ者にとって、共感は癒しになるから。
完
新卒地方公務員、パワハラで適応障害になる 神山モン @kamiyamamon
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