【飾らなくてもいいのかも】

幸い、ハローワークには病院と薬局に提出した履歴書の下書きを持って来ていた。

担当者と話し終えると、すぐ近くの喫茶店に急いで入り、履歴書を書く。


なんだかこの時点で、開き直っていたというか、肩の力が抜けていた。

いきなり「今日、面接です。」なんて言われると思わなくて。

やれることはやるから、あとはどうにでもなれ〜。

そんな気分だった。


履歴書に書く志望動機も、病院と薬局に応募した時の志望動機をアレンジしただけ。

しかも、単語1つ2つ変えたくらい。


病院と薬局に提出した履歴書は、先に下書き用を書いて後からそれを見ながら、別の履歴書にボールペンで提出用を書いていた。

しかし、もう下書きを書く時間なんてない。間違えてもいいから、イチからペンで書くんじゃ〜!

心の中では「ヌォーー!」と叫び声を上げながらボールペンを走らせた。


履歴書は、30分程で完成した。

病院と薬局提出用の下書きを取っといてよかったよ。

2回見直して、誤字脱字もない。

人間、追い込まれれば良いパフォーマンスを発揮するんだね。


面接まで、あと3時間もある。

自宅に帰ってご飯を食べて着替えてもまだ余裕はある。

「今日、面接です。」と言われてすごく焦ったのに。

なんだか、拍子抜けしてますます肩の力が抜けて来た。


3時間後。

面接を受ける郵便局に到着。

ここの郵便局はたまに立ち寄るので、慣れた場所だった。

全然迷うこともなくハローワークの担当者に言われた通り、裏口のインターフォンを押した。


スーツを着たおじさんが出てきて、郵便の部署まで案内された。

配送する郵便やゆうパックを仕分けするスペースや配達員が郵便の仕分けをする机が広い範囲に広がっている。

郵便局の裏側ってこうなっているんだ。


部署に入った途端。

中年の女性配達員が退勤する男性配達員に「これ、魚余ったからどうぞ、食べて!」とお裾分けしている光景が印象的だった。

男性配達員も「どうも、どうも。」と快く受け取っている。


買ったお土産に対して傷つくことを言われたり(第2章【出張とお土産②】参照)、そのまま返却されたり(第5章【夏休みの旅行】参照)。

そんな経験がある者から見ると、自分のものを分けて、それを受け取ってもらえる光景がとても微笑ましく感じた。


奥側の面談スペースに案内されて、面接が始まった。

目の前には、中年のスーツを着たおじ様と配達員と同じ制服を着た30代くらいの男性が座っている。

スーツのおじ様は支部長で、制服の男性は課長だそうだ。


履歴書を支部長に渡す。

履歴書を見た支部長は、「役場にいたのかい⁉︎」と切り出した。

「なんで辞めたんですか?」と唐突に避けたかった質問をされる。

なんだか、この時はもう『飾らなくてもいいのかも』と思っていて、口をついてでたのが「人間関係で〜、、、」だった。

もちろん、気まずそうに答える。


支部長は、深く突っ込むことはなく「人間関係かぁ。」とだけつぶやいた。


その後、支部長は仕事内容の確認と正社員登用制度の説明をして、「やれそうですか?」と聞いてきた。

「やったことない仕事もあるけれども、まずやってみたいと思っていますし、機会があるなら正社員登用試験も受けてみたいです。」となんだか大きく出た発言をしてしまった。


そして、課長から「さっき、人間関係で辞めたと言ってたけれども、どこの職場でもいろんな人はいるよ。ここでは人間関係で辞めない自信はありますか?」と聞かれた。

課長は無愛想で怖かった。

3ヶ月前に適応障害と診断されて、自信を無くしていました。なんて口が裂けても言えない。


恐る恐る、「あ、あります。」と答えてしまった。

怖いよ〜。と怯えていると、支部長が「この場で『ない』なんて言えるわけないよねぇ。」と笑いを交えながらフォローしてくれて場は収まった。


相手方はどう捉えたのかわからないけれども、正直に答えても変な雰囲気になることはないんだ。

面接した場所がたまたま良かったのかもしれないけれども。


「採用するかについてはすぐに答えられないから、後日連絡します。」と支部長に言われた。


退職理由が人間関係と正直に答えた時の反応をみると、手応えは感じられなかった。

もし、この職場が不採用だったら、次の面接でも変に飾ったことは言わないで、質問に正直に答えてみようかな。


そう考えながら、郵便局を後にした。


翌日。

私は家族で近くの日帰り温泉に入っていた。

自分よ、昨日の面接お疲れさん。と湯に浸かる。


浴場から出て、脱衣室のロッカーを開ける。

もう少しで着替え終わるところで、スマホに着信がきた。


画面に映るのは、郵便局の電話番号だった。






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