私色に染めていく


「……いい匂いだ」


 ベーコンが焼ける匂いが一階からほんのりと俺の部屋まで届く。

 何作ってるんだろう。 

 

「……先輩って、彼氏とかいるのかなあ」


 料理とかも、もしかしたら好きな人の為に覚えたりしたんだろうか。

 態度はお世辞にもいい方じゃなさそうな人だけど、あんな美人を世間の男が放っておくはずがないもんな。


 先輩は大人っぽいし、もしかしたら年上の大学生とかと付き合ってたりしてそう。

 俺みたいなガキ、どう考えても論外だよなあ。


 なんか、先輩と一緒に飯食うのが惨めになってくるよ。

 

「はあ……」


 俺は勝手に落ち込んでいた。

 こんなに暗い気分になるのは初めてかもしれない。

 小学校の運動会前日に足首を捻って一人だけ参加できなかった時も、中学で同じクラスの気になる子が、彼氏と遊んでるところを見てしまった時だってこんなには落ち込まなかった。


 俺、やっぱり先輩のことが……。



「好き、大好き」


 仕上げのブラックペッパーを振りながら、一緒に私の愛情もたっぷりかけておいた。

 さてと、常盤君を呼んでこないと。

 冷めないうちに食べてもらわないと。

 美味しくないなんて言われたくないもんね。


「……」


 彼の部屋の前に立つと、私の心臓がドクンと強く脈打ったのがわかった。

 と、同時に全身の毛穴が開いたような感覚も。


 私、常盤君がそこにいるって思うだけでもう、平常心ではいられない。

 でも、落ち着かないと。

 ただでさえ私ったら、彼より年上なんだもの。

 男の子なんてみんな、年下の若い子の方が好きなんだから。

 年上には年上なりの魅力を出さないと。

 年上なのに甘えてばっかりじゃ、愛想尽かされちゃうものね。


「常盤君、ご飯できたよ」


 喉の震えを必死で堪えながら彼を呼ぶ。

 すると、すぐに部屋からガサゴソと音がしたので私は先に部屋の前から逃げてキッチンへ戻った。


「ふふっ、ドキドキする。常盤君、機嫌なおしてくれてるといいなあ」



 先輩に呼ばれて慌てて部屋を出ると、そこに先輩はいなかった。

 ただ、廊下には微かに甘い香りが残されていた。

 これが先輩の香り、なのか。

 なんだろう、とても上品で落ち着く。


「先輩……」


 先輩の残り香に頭をクラクラさせながら一階へ。


 キッチンに行くと、先輩は椅子に座って先に食事をしていた。


「冷めないうちに、食べて」

 

 と、食事に視線をやったまま先輩はポツリ。

 さっきと変わらず、冷たい態度のままだ。

 俺はそんな先輩の様子に胸を痛めながら向かいの席に着く。

 テーブルに置かれていたのはカルボナーラだ。

 

「いただきます」


 両脇に置かれたスプーンとフォークを手に取って、パスタをくるくると巻く。

 普段こんな食べ方なんてしないけど、先輩の前くらいはカッコつけたい一心で不慣れなことをやってみた。

 かちゃかちゃと音を立てながら巻いたパスタを一口。

 

「……あー、うまい。なんだこれ、めっちゃいい」


 チーズたっぷりで、なのにしつこくなく食べられる。

 ファミレスくらいでしか食べたことないけど、外食の味より数段上だ。

 ていうか好みだ。


「美味しい?」

「は、はい。とてもおいしいです」

「そ。よかったら私のも、食べる?」

「え? い、いえそんな悪いですよ」

「私が口をつけたものは汚い?」

「そ、そんなわけありませんよ。でも」

「でも?」

「い、いえ。先輩もお腹すいてるんじゃないかなって」


 今朝、トラブルに巻き込まれてきっと先輩だって疲れてるはずだ。

 なのに成り行きとはいえ俺の為に料理までしてくれて。

 そんな人のご飯まで横取りなんて図々しいことはさすがにできないと、俺は戸惑った。

 しかし、


「私、もうお腹いっぱいだから。食べて」


 先輩は少し口をつけたパスタを俺の方へ差し出してくる。


「……それじゃ、いただきます」

「うん。おかわりがいるならまた、作るから」


 先輩はそう言ってキッチンを出ていった。

 やはり、二人っきりで食事なんて気まずかったのだろう。


 静かになったキッチンに一人残された俺は、自分のパスタを食べ終えた後で先輩の分もいただく。


 女の人の食べかけた料理を口に運ぶなんて、ちょっとした背徳感があったけど。

 せっかく作ってくれたものを残すよりはいいかと割り切って、それも美味しく完食した。



「常盤君、やっぱり優しい……」


 彼の優しさに触れて、私はあの場で泣きそうになったのでトイレへ逃げた。

 まだ、胸のドキドキがおさまらない。

 こんなに無愛想で口下手なのに、常盤君は優しく話しかけてくれて、気遣ってくれる。

 

 私が食べたものでも、嫌がらずに食べてくれる。

 きっと、私のダメなところも彼は全部許してくれるんだって、そう思える。


 戻ったら、私から誘ってみよう。

 まだお昼だし、海を散歩して駅前でお買い物とかして、またおうちに戻って夕食を一緒に食べて。


 もう、結婚生活みたい。

 ずっと、こんな生活が続くといいなあ。


 えへへ、昨日からずっとお家にいるから、すっかりここに住んでる気分。

 楽しい。

 常盤君と同じ空気を吸いながら眠る昨日の夜は、とてもよく眠れた。


 あ、でもそうなったらパンダさんもこっちに連れてこないといけないね。

 昨日帰ってないから、部屋で寂しく待ってるだろうし。


 うん、ちょっとずつ私のものも、移動させないと。

 歯ブラシとタオルと……お風呂道具も置いといた方がいいね。


 なんか同棲を始める時みたいでワクワクする。

 あ、そうだこのあと家具とかも買いに行こうかな。


「もちろん、一緒に。ね、常盤君」

 

 大好き。

 もう、パスタ食べ終わったかな?

 

 

 

 


 

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