指の隙間


「それじゃ、着替えたら降りてきてね」

「はい、すぐに用意します」


 一度常盤君が部屋に戻っていく。

 すぐに戻ってくるとわかっているのに、それだけで私の胸はズキンと痛む。


 でも、ずっと一緒にいるせいか、私もだんだんと彼の前で素直になれるようになってきた。


 笑えるようになってきた。


「えへへ、常盤君とデートだ。デートだあ、デートだー」


 パンダさんをぎゅっと抱きしめながら私は悶える。

 こんなにははしゃげないけど、お出かけの時にはまた、手を繋いでもらおう。

 

「楽しみ。また、可愛い子が増えるといいね」


 リビングにパンダさんを置いてから私はすぐに玄関へ。

 私はどんな時でも彼を待たせない。 

 彼を待ちたい。

 待たされたくないけど、待たせたくない。

 矛盾してるようだけど、これが本音。

 だからずっと、どんな時でも一緒にいられるのが理想。


 だから明日からが少し憂鬱。

 学校では、同じクラスで授業を受けられない。

 彼には友達もいる。

 きっと、これからも友達が増えちゃう。

 飾らない彼のことだから、一年もあればすぐに人気者になっちゃう。

 

 それが寂しい。

 私だけの常盤君でいてほしいのに、みんなが、環境が、私たちを引き裂く。

 憎い。

 何もかもが、嫌い。


 どうしてお母さんは私をあと少し遅くに産んでくれなかったのかと憎みたくなる。

 どうしてお義母さんは常盤君をあと少し早く産んでくれなかったのかと嫌気がさす。

 

 ああ、本当に明日がこないでほしい。

 ずっとこうして、二人だけの世界に浸っていたい。


 常盤君……。

 私、もっと頑張るから。

 お料理も、洗濯も掃除も、求められるならどんなことでも頑張るから。


 もっと、もっと好きになって。

 私も、毎日毎日常盤君への好きを更新し続けるから。


 私の重みをしっかり受け止めてね。

 どんどん重くなるけど、常盤君もその分どんどん重くなって私の重みを支えてね。


 ね、絶対ね。

 私たちはもう、赤い糸で結ばれてるんだから。


 でも、赤い糸ってなんだかすぐに切れちゃいそうだよね。

 やだなあ、そんなの。


「できたら、赤い手錠の方がいいのにな」



「おまたせしました」


 急いだつもりだったが、先輩はまた玄関で先に待っていた。

 特に着替えたり、化粧直しすることもないのか、いつも先輩は俺より先に待っている。

 

「ううん、大丈夫。それじゃ、行きましょ」

「はい。あのー、この辺でゲーセンあるのって駅裏の方なんですけど、大丈夫ですか?」

「どうして?」

「だ、だって先輩はあの辺りのお店で絡まれてたから。怖くないのかなって」

「大丈夫。一緒だから」

「そ、そうですか。うん、何かあったら俺、体張ります」

「うん、信頼してる。彼女、だもんね」

「そ、それは……」


 あの時、とっさに出た口から出まかせを先輩に揶揄われて俺は赤面する。

 覚えてたんだ、あれ。

 恥ずかしいなあ……。


「と、とにかく大丈夫なら駅裏に行きましょう。今から電車に乗ると帰りが遅くなっちゃいますし」

「うん。何かあったらよろしくね」

「は、はい」

「彼女、だもんね」

「や、やめてくださいよ恥ずかしいですからそれは……」


 先輩のそんな冗談にずっと照らされなれっぱなしのまま、二人で家を出た。


 そして向かうのは駅裏にあるゲームセンター。

 あの辺は確かにガラの悪い連中も多いけど、他のゲーセンよりも客入りがいいせいかいい景品なんかが揃っているって話を中学の時に聞いたことがある。


 今日は先輩にいいところを見せないと。

 ぬいぐるみ、かわいいのをプレゼントしたい。


「でも、先輩が可愛いもの好きってちょっと意外ですね」

「そう? 可愛いものはみんな好きじゃないかな?」

「そうですけど、先輩ってクールなイメージありましたから」

「人と話すのが苦手なだけよ」

「そ、そうなんですね。そういえば人混みが苦手って言ってましたもんね」

「うん。また人が多くなってきたね」

「そう、ですね」


 駅に近づいてくると、段々と人が増えてくる。

 駅前に続く道へ出ると、休日とあって大勢の人の姿が。

 それを見て、隣で先輩は「ふう」と息を吐く。


「だ、大丈夫ですか先輩? 駅裏の方までいけば流石に人も減ると思いますけど」

「うん。でも、やっぱり人混みは苦手。だから、いい?」

「え? あ……」


 スルリと、先輩が俺の指の隙間に細い指を絡ませてきた。

 その何とも言えない感触は、一瞬で俺の思考を崩壊させる。


「せ、せん、ぱい……」

「怖いから。このままでいい?」

「は、はい……」


 人とすれ違うたびに、先輩が指に力を込める。

 そしてそのたびに俺の心臓がぎゅっと締め付けられる。

 多分、手汗もすごいことになっている。

 先輩と、恋人繋ぎをしている。


「もうすぐ、着く?」

「え……あ、はい、あの、そこを抜けたらすぐ、です」

「うん。まだまだ人が多いね」

「そ、そう、ですね」


 駅の中を抜けて反対側へ行く時、駅の構内はこれまた沢山の人で溢れていた。

 

 その様子を見て先輩はグッと手を握りしめて、「はぐれないように、お願い」と。


 ただ、俺はもう返事をする余裕もなかった。

 先輩の指の感覚を確かめるように全神経をそこに集中させて、絶対にこの手だけは離さないようにと、そっと力を込めた。



 常盤君の指、太くておっきい。

 だけど柔らかくてあったかい。

 気持ちいい。好き。

 常盤君の指先まで愛おしい。


 このまま常盤君と私の手を接着剤でくっつけたい。

 縄で縛って固定したい。

 ふふっ、手汗がすごいね常盤君。


 素敵。

 君の汗なら体中に浴びせてほしいくらい。

 

 えへへ、すっかり手を繋ぐのも慣れてきたね。

 段々こうやって、初めての経験が当たり前に変わっていくんだね。


 でも、常盤君はまだ恥ずかしそうだね。

 ふふっ、純粋なんだ。可愛い。好き。


 可愛いもの、好き。

 可愛い君が、好き。


 ぎゅっとしたい。

 ハグハグしたい。


「早く、ぎゅっとしたいな」


 

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