みいつけた


「へー、やっぱ結構店あるなあ」


 学校の最寄駅から電車に揺られて俺の地元、赤糸浜駅に到着したところで金子が嬉しそうにそう言った。


「いや、ほんと最近まではのどかな場所だったんだけどな。なんか人が増えて治安悪くなったし。今朝だって、結構大変だったんだぞ」

「あ、もしかしてそれ痴漢の奴?」

「え、知ってんのか?」

「ああ、朝から結構話題だったぜ。なんでもうちの制服着た奴が犯人捕まえたとかって噂でさ。女子の間でもすっげえ評判なってて、誰かも知らねえのにきゃっきゃ騒いでたぜ」

「そ、そうなんだ」

「まあ、そんな勇敢なやつがほんとにいたら、マジでモテるだろうなあ。あ、ていうかお前さあ」

「……え?」


 疑う様子で俺をじろじろ見る金子に対して、俺は戸惑う。

 もしかして、俺だって勘づかれた?


 だとしたら自白するべき、なのか?

 実は犯人を捕まえたのは俺で。

 だから噂の正体は俺だって。

 

 信じてくれるかも微妙だし、それに実は偶然こけただけだなんて話をしたところでそれが何になるんだと。


 でも、噂が独り歩きして勝手に大きくなってもなあ。

 うん、やっぱりちゃんと言っておこう。


「ええと、実はさ」

「やっぱり? 見たの? そいつのこと」

「え?」

「ど、どんな奴だった? なあ、俺ってさ、結構昔からそういうヒーローみたいなのに憧れててさ。その人、やっぱうちの学校の生徒だった? てかどんな人? 背は? 先輩だった?」

「い、いや、あの」

「なんだよもったいぶるなって。えー、毎日この電車で通ってる人かなあ。だったらすぐわかりそうだけどなあ」

「……」


 目を輝かせる金子に対して、何も言えなかった。


 お前が憧れるヒーロー高校生は実は俺で、しかも勇敢でもなんでもなくて単に足腰がひ弱だっただけだなんて。


 言えない。

 言って、こいつの気持ちをがっかりさせたくない。


「ごめん、全然顔とか覚えてないんだ」

「え、まじかあ。そりゃ残念だ、でもよー明日からもこの電車乗るんだろ? もしさ、それっぽい人がいたら教えてくれよな。俺、サインもらっちゃおうかなー」

「あ、ああ。いたらな」


 俺のサインなんか絶対いらないだろうけどな。

 

 改札を出る時も浮足だったまま上機嫌な金子を見ながら。


 俺はバツが悪そうに定期をそっと機械にかざした。



「おー、ここが赤糸浜か。いいねえ」


 すっかり観光客気分な金子を次に案内したのは赤糸浜。


 海の風が心地よく吹き付けてきて、さざ波の音が心を癒してくれるようなそんな場所。


 今日は平日の昼間とあって、人もまばら。

 これが週末になるとえらいことになるんだよなあ。


「なあ金子、お前って男子なのに海とか好きなの?」

「男子なのにって、偏見だな。それに、ここって色々ジンクスあるじゃん」

「それってもしかして、赤糸浜を一緒に歩いた男女は結ばれるとか、そういうやつ?」

「さすが地元民、よく知ってるな。俺、実はちょっと狙ってる子がいてさ、その子を今度ここに誘おうかなって思ってんだ」

「なるほど。だから地元民を連れて視察に来たってわけね」

「そゆこと。でも、結果的に千代と知り合えてよかったし。これからもよろしく頼むわ」

「ああ、こちらこそ。まあ、遊びに来るなら週末はやめとけよ」

「なんで?」

「だって、そこら中に男女が歩いてんだから。誰とどう勝手に縁結びされちまうかわかんねえぞ」

「はは、確かに。じゃあ人の少ない時狙いだな。よーし、帰るかあ」

「駅まで送るよ。ていうか好きな子とか、いるんだな」

「まあ、高校生だし普通だろ。千代はいないのか?」

「いない。お前みたいに運動部でもないし、モテるとこないだろ」

「そうかあ? 痩せてるし、もっとちゃんとしたらいい感じだと思うけどなあ」

「はいはい、そういうのを女の子に言ってもらいたいもんだよ」


 そんな拗ねたことを言いながら俺は金子を連れて駅まで向かう。


 駅方面に向かうとまた人が増えてくる。

 やっぱり平日でも人が多いなあとうんざりしていると、駅前のロータリーでじっと立ちすくむ女子生徒の姿が目に入る。


「あれは?」

「お、めっちゃ美人じゃん……っていうか氷織先輩かよ」

「なんだ、知り合いか?」

「いや、しゃべったことはないけど高校ではかなり有名らしいぜ。超がつく美人なのに男嫌いらしくてさ。俺の先輩もこっぴどく振られたってことで俺は知ってるんだけど。まあ、近づかないほうがいいぜ」

「へえ。でも、この辺が地元なのかな? そんな人初耳だけど」

「さあな。でも、そういうタイプだから友達いなかったんじゃね?」

「ふーん」


 ちらっと氷織とかいう人を見る。

 どこかで見たことがあるようなないような……あ、もしかして入学式のあとで中庭にずっと立ってた人かな。


 ……ずっと無表情のまま前を向いて動かない。

 まるでマネキンが立ってるようだ。


 でも、きれいだな。

 あれだけ美人なら、性格悪くてもモテるんだろうけど。


 ま、俺には縁のない美人だ。


「んじゃ、ここでいいぜ」

「ああ、また明日な」


 やがて駅の改札の前まで行って金子と別れる。

 そのまま引き返して再び駅の外へ。


 すると、


「あの人、まだいる」


 氷織さんがまだ、駅のロータリーのところにじっと立っていた。

 その後ろ姿だけでも独特の近寄りがたいオーラを感じ、そして絶対に美人なんだろうなって雰囲気を醸し出していた。


 もちろん俺は話したこともない女性に声をかける勇気などないし、そもそも声をかける理由もなかったのでそのまま帰路につく。



「みいつけた」


 彼がこの駅から乗り降りしてるのはなんとなく想像がついた。

 というより、情報から推理した。


 先生に、「うちの学校で電車通いの人はどれくらいいますか?」と聞いたところ、学年で数人しかいないと答えが返ってきて。

 その中のほとんどが赤糸浜駅からだという話も、余談だったけど重要な情報だった。


 なんでそんなことを聞くんだって顔で先生は不思議がっていたけど、今朝の電車での一件を話せば納得してくれたし。


 でも、こんなに早く彼が見つかるなんて、やっぱり私たちは運命、なのかな。


「ふふっ、おうちはどのあたりなんだろう? 後ろ姿も素敵……早く仲良くなりたいな」


 彼より少し離れた後ろをゆっくりつけていく。

 こういうの、ストーカーなのかなってちょっとためらったけど。


 違うよね。

 私は彼が大好きだし、彼も私みたいな人のことが好きって言ってくれてたもんね。

 だから、両想いならストーカーでも何でもないもんね。


 ふふっ、いきなり家に押しかけたらびっくりするかな。

 なんで知ってるの? って、変な目で見られちゃうかな?

 ううん、きっと私の健気な気持ちを彼なら理解してくれるよね。

 わかってくれるよね。


「待っててね、常盤君。大好き」

 


 

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