さらけ出すと軽くなる


「風、気持ちいい」


 赤糸浜を、彼と手を繋いで歩きながら私は彼との出会いを思い出す。


 電車で、痴漢に遭いそうになっていた私を助けてくれた彼。

 そのあと、おうちで私の料理を食べてくれた彼。

 コンビニで、私を助けてくれた彼。

 一緒に、電車に乗って学校に毎日通ってくれた彼。

 帰り道も、ずっと一緒にいてくれた彼。

 全部、私は覚えてる。

 彼も、全部覚えてくれている。


「うん、風が気持ちいい。紫苑、寒くない?」

「もうすぐ暑くなるから。それに私、体がずっとあったかい」

「そうだね。いつも冷たい手が、ぽかぽかしてる」

「うん」


 ずっと、体があたたかい。

 千代君と結婚することは前から決まってたはずなのに、改めてそれを自覚しただけで気分が軽い。


 なんでだろう。

 私、何か思い違いしてたのかな?

 んー、そんなことはないと思うんだけど。

 でも、いっか。

 結果的には同じこと、だから。


「ねえ、千代君は子供ほしくない?」

「え? いや、まあほしくないことは、もちろんないけど。でも、今はまだ俺たちも子供というか……あ、いや紫苑は大人だなって思うけど」

「まだ、先がいいの?」

「……もう少し、二人の時間を楽しみたい、かな。俺と二人だと、嫌?」

「ううん、嬉しい。じゃあ、しばらくは二人っきりでいようね。子供はいつ? 高校卒業したら?」

「うーん、大学行くか就職かによるけど。紫苑と大学生してみたいかも」

「大学生って、楽しいの? 女の子とか、いっぱいいるよね?」

「いるだけで、かかわらなければ関係ないじゃん。二人で一緒に住んで、一緒に勉強して、一緒にバイトして一緒にお酒でも飲んでさ。なんか、楽しそうじゃない?」

「……楽しそう。それ、ずっとだよね?」

「うん。結婚して子供出来たらさ、なかなか二人の時間が取れなかったって母さんがよく、父さんに言ってたし。子供はかわいいんだろうけど、しっかり二人の思い出を作った後でも遅くないよ」

「……わかった。私、子供は我慢する」


 千代君は、やっぱり男の子だからまだまだしたい盛りだもんね。

 そっか、そんなに私がいいんだ。

 かわいい、好き。


 これからは毎日、いっぱい愛してもらうの。

 

 私以外、見たらダメだからね。



「千代君、あーん」

「い、いいよ恥ずかしいよ」

「ダメ。あーん。口開けて」

「あ、あーん」


 家に帰ると、紫苑の様子が変わった。

 様子が変わった、というよりモードチェンジという感じ。


 いつもより積極的に、俺に甘えてくる。

 まるで精神年齢が幼くなったかのように。


「千代君、あーんで食べさせて」

「あ、あーん」

「ん。おいしい。ねえ、今度は千代君もあーん」

「あ、あーん」


 こんなことをずっと繰り返していた。

 食べてるものはただのポテトチップスなのに。

 薄塩味なのに。

 紫苑の指で口に運んでもらうと、何故か甘く感じる。

 香りのせいか、それとも雰囲気に酔っているのか。


「手、いっぱいベトベトしちゃった。ねっ、綺麗にして?」

「あ、洗いにいく?」

「んーん。舐めて」

「で、でも」

「千代君のも、舐めてあげる」

「あ」


 そのあとは、いうまでもなかった。

 紫苑は俺にもたれかかってソファに俺を押し倒すとそのままキスをしてきた。

 足を絡めてきて、首筋を舐めて、手を下に伸ばしてきて。


 まだ明るいうちから、俺は彼女に絡め取られていた。



「……ん?」

「あ、おはよう千代君。えへへっ、寝てる間にいっぱいキスしちゃった」


 ベッドで目が覚めると、目の前に紫苑の綺麗な顔があった。

 いつにも増してニコニコしている紫苑は、まるで別人のように明るい。


「ごめん寝ちゃってた。今何時?」

「夜の二時。ねえ、もっかい」

「え、今から? 起きれなくなるよ?」

「やなの?」

「そ、そんなことないよ。でも、紫苑こそ大丈夫?」

「うん。私、幸せすぎて眠れないから」


 紫苑の目の奥は、いつも少し濁っているような感じだったけど。

 今日はどこかキラキラと澄んでいて。

 表情も、終始明るくて。


 なにか、開き直った様子だったように思えた。



「千代君、おててつなご?」


 朝。

 家を出て駅に向かう時に紫苑から。


 甘えた様子でそう聞いてくるので、俺も自然と彼女の手を握った。


「どうしたの昨日から? なんか、甘えたい気分なの?」

「んーん、私、これが本来の私なの。今まではちょっとだけ、強がってたところがあったんだけど。本当はね、甘えたさんなの」

「紫苑……うん、俺も頼られたら嬉しい。甘えていいよ」

「えへへっ、じゃあいーっぱい甘えちゃう。ねっ、このまま学校まで行こ?」

「うん」


 周りに見せつけたいわけでもないし、周りが気になることもない。

 もう、二人だけの世界って感じで俺たちはかたく手を繋いで駅へ向かった。


 ここから新たな日々が始まる。


 彼女のあたたかい手を握っているとなぜだか、そんな予感がした。


 

 

 

 

 

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