わかってきた
♡
「千代君、大好き。千代くーん、大好きー」
もう、何も我慢しなくていい。
好かれようとして、我慢する必要もない。
ありのままの私でいいんだ。
えへへっ、なんか心が軽い。
今までずっと、人に甘えたいのに誰も信用できずにいた私の心の束縛が、解けちゃった。
「千代君、もうすぐお昼休みだね」
教室で、スマホの中の彼に向かって話しかける。
周りがザワザワしてるけど、知らない。
別に誰にどう思われてもいい。
今までの私は飾って、いいところを見せようとしていた気がする。
あんなに人の事が嫌いなのに。
そんな人たちにでさえ嫌われないようにしようと思っていた。
今までの私も、嫌いだ。
だから、私は自分のありのままを出すの。
「えへへー、千代君。週末はいっぱい仲良ししようねえ」
♤
「よう千代、朝からイチャイチしてたなおい」
「おはよう金子。まあ、昨日から紫苑が甘えん坊になっちゃったんだよ」
嬉しそうに話しかけてくる金子に対して、呆れた様子を見せながらそう答えたが、内心は嬉しかった。
俺って年下だから、いつも紫苑に気を遣わせているとばかり思っていたけど。
彼女だって、一人の女の子だった。
そして今はそんな子の彼氏として、将来結婚の約束までして。
友人に揶揄われるのも、嬉しい。
「でもよ、今だからいうけど先輩って結構メンヘラなんじゃね? 束縛とかされてるだろ」
「メンヘラ? うーん、束縛は……強いのかな? でも、めちゃ尽くしてくれるし、友達とかと遊ぶよりずっと俺といたいって言ってくれるんだよ」
「おいおい、それがメンヘラだろ。嫉妬とかやばいんじゃね?」
「嫉妬……まあ、部屋掃除してたら誰かくるのって怒られたことはあったかな? でも、急に掃除し出した俺も悪かったし」
「なるほど、千代はメンヘラ製造機だ」
「は? なんでだよ」
「いや、だって普通束縛されて嫉妬されたら嫌だろ。でも、お前は嫌じゃないんだろ?」
「うーん、嫌ではないなあ……むしろ嬉しい?」
「あー、ダメだこりゃ。案外お前と先輩ってお似合いなのかもな」
「え、そうか? なんか照れるな」
「いや、褒めてな……まあ、いっか。でもまあ、いいや。幸せそうだもんな」
金子は呆れながら笑っていた。
紫苑がメンヘラかどうかでいえば、もしかしたらそうなのかもしれないって思うこともあったけど。
俺はそんな彼女も好きだから。
毎日一緒にいても飽きないというか、俺は紫苑といること以外に特にやりたいこともないから、それがよかったのかもしれない。
もっと遊びたいと思うわけでもないし、友達にひっきりなしに誘われる人気者でもないし、高みを目指してストイックに頑張る方でもない。
ただ、彼女と幸せでいたい。
そう思うだけの俺なら、重いくらいに愛してくれる彼女の方が、いいのかなって。
不思議と、金子の話に納得していた。
◇
「千代君、週末は予定通りだからね」
と、放課後の帰り道で紫苑がそう言った。
「ん? 予定通り?」
「うん、式場の下見。ドレスの試着とか楽しみ」
「あー、なるほど……ん? 式場?」
「うん。あれ、お義母さんから聞いてなかった? 式場の下見、予約してもらったんだけど」
「そ、そうなの? え、でも高校生同士大丈夫なの?」
「そこは特別だって。お義母さんの知り合いがいたそうで、空いてる時間にさせてくれることになったの」
「へえ」
「聞いてると思ってたから……びっくりした?」
「え? う、うんびっくりはしたけど。でも、言ってくれたらよかったのに」
「……嫌だって言われたらショック、だから」
今日、初めて紫苑が暗い顔をした。
その理由が俺にはなんとなく、わかる。
俺に知らせず一人で式場の下見なんて予約していたから、俺に変な風に思われると不安がっているんだろう。
たしかに、金子の言う通りなのかもな。
紫苑って、重いメンヘラなのかもしれない。
でも、ほんと不思議だ。
やっぱり可愛いとしか、思えん。
「紫苑、ありがとう。俺、嬉しい。紫苑となら何しても嬉しいから、今度からは母さんじゃなくて俺に話してよ」
「うん。お義母さんと話してた時に聞いたのかなって勝手に思ってたから」
「あはは、そうだったんだ。でも母さんって、肝心なことを何も言わないからなあ。あの時だって、いきなり紫苑を連れてきてびっくりしたし」
「最初に家に行った時? あの時はね、その辺でお義母さんに会ったの」
「ふーん。でも、ほんとに仲良しなんだね母さんと。今更だけど、どうして?」
何回も聞いたけど、別に今更どうでもいい話だったが。
紫苑は、笑いながら言った。
「だって、千代君のお母さんだもん」
その答えは、あまり答えになっていない気がした。
今となれば、俺の母親だから仲良くしてるのも頷けるけど、そういう意味で聞きたかったわけではなかったから。
でも。
「いい人でよかった」
嬉しそうに笑う紫苑を見ているとやっぱり、どうでもよくなった。
とにかく母さんと仲良くなってくれたことが俺と紫苑を繋いでくれた事実は変わりない。
「じゃあ帰ろ。週末は下見だね」
「うん。楽しみ」
よく喋るようになった紫苑もまた、いいなと。
そんなことを考えながら一緒に手を繋いで、電車に乗り込んだ。
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