受け入れる
「見て、千代君。ほら、とっても綺麗なドレスだよ」
週末。
結婚式場に行った俺と紫苑は今、試着用のドレスを見ているところ。
高校生カップルの来店とあって、スタッフの人たちからはどことなく気を遣われていたけど。
別に紫苑は妊娠したわけではない。
ちゃんと、しているから。
でも、結婚というものへの憧れは誰よりも強いようで、いつになくウキウキしている紫苑が俺の袖を引っ張りながらはしゃいでいる。
「白じゃないのもあるんだ。でも、紫苑はシンプルな方が似合いそう」
「ほんと? じゃあこれにしようかな」
展示されている白のドレスを指さすと、係の人がこっちに来てから、「それではあちらでお着替えいたしましょう」と。
紫苑は奥の更衣室へ連れていかれた。
俺はというと、別の控え室に連れていかれてスーツに袖を通させられて。
ネクタイを締めたこともなかったので苦戦しながらなんとか着替えを終えてからしばらく待たされる。
実際に結婚式をするときってのはこんな感じなのかなと。
ソワソワしているところで携帯が鳴る。
「もしもし。母さん、どうしたの?」
「そっちはどお? 紫苑ちゃん、いいドレス見つかった?」
「今着替えてるところ。あの、お金出してくれてありがとう」
「いいわよ、紫苑ちゃんには毎日あんたがお世話になってるから、ほんのお礼よ」
「……なあ母さん、紫苑とは、元々仲が良かったのか?」
俺は、やっぱり引っかかっているそれを聞いた。
どう考えても、母さんと紫苑の接点が見つからないしそれに。
二人はとても対照的だ。
歳も離れてて、どうして仲良くなったのか、不思議で仕方なかったのだけど。
「そうねえ、なんでだろ? 初めて会った時はちょっとこの子、大丈夫かなって思ったわね」
「え、どうして?」
「うーん、それはまあ……いえ、もうそれはいいわね。でも、とにかくあんたのことをあの子がとても好きでいてくれてるってことはわかったから。だから信じてみたのよ。そしたら本当にいい子でね。あんたともうまくいってるみたいだし、私は好きよ、紫苑ちゃんのこと」
「え、ちょっと待って? 紫苑が前から俺のことを好きだったってこと?」
「あはは、あの子は奥手っぽいしあんたは鈍感そうだからもっとくっつくのに時間かかるかなって思ってたけどね。でも、あの子はあの子できっと色んな悩みとかあるんだろうけど、恋人同士ならあんたが守ってあげなさいよ。困った時は私も、相談に乗るから」
「……うん。でも、家に連れて来てくれた時に初めて俺は紫苑とまともに話したんだけど。なんで紫苑は俺のことを?」
「そんなの自分で聞きなさい。あんた、案外自分のことも周りも見えない癖があるからね。ま、ゆっくり楽しんで。写真よろしくねー」
と、言って電話が切れた。
なんとも釈然としない内容だったけど、つまり母さんは俺がきっかけで紫苑と仲良くなったってこと、なのか?
意味がよくわからない。
母さんが家に連れてきてくれた時に初めて紫苑とまともに会話したような記憶があるんだけど。
「……んー」
何がなんやら。
考えても答えが出そうにないなと頭を捻っていると、コンコンと扉をノックする音が。
「常盤さん。氷織さんのドレスが整いました。入ってよろしいですか?」
「は、はい」
係の人の声がして。
返事をしたと同時に扉が開く。
そして。
「うわあ……」
現れたのは純白のドレスに身を包んだ紫苑。
少し化粧も厚く、いつも以上に浮世離れした見た目に俺は、言葉を失った。
「千代君、どお?」
「え……き、綺麗、だよ」
「ほんと?」
「ほ、ほんとさ。綺麗すぎて、言葉がでない。紫苑、めちゃくちゃ綺麗だ」
「ふふっ、よかった。ねっ、記念撮影してくれるみたいだから一緒に撮ってもらお?」
「う、うん」
あまりの美しさに、さっきまで母さんと話していたことなんてどうでもよくなって。
こっちにやってきた紫苑はそっと隣に立つと、ニッコリしながら俺を見上げる。
そして、カメラがこちらに向けられると、自然と俺と腕を組んで。
フィルムに、紫苑の花嫁姿が収まった。
◇
「写真、できたら送ってくれるって」
撮影を終えると、着替え直して俺たちは式場を出た。
結婚式場は家から歩いていける距離にあったので、ゆっくりと海辺を散歩しながら家に向かっていた。
「うん、楽しみ。お義母さんにも、お礼言わないとだね」
「あ」
「どうしたの?」
「え、いや、まあ……別にどうでもいいことなんだけどさ。紫苑って、なんで俺のことを好きになってくれたの?」
母さんの話が出て、電話での会話を思い出してしまった。
今更、そんなことを追求するのはしつこいのかもしれないけど。
母さんは知ってる風だったし。
やっぱりちょっと気になる。
「千代君を好きな理由……だって、電車の中で痴漢から私を守ってくれたから」
「え? 俺が紫苑を……あっ」
偶然転んで痴漢を撃退した入学式の日の朝。
あの時、襲われそうになっていた女子高生のことをはっきり思い出した。
そういえば、あれは紫苑だった。
どうして、今まで忘れていたんだろう。
いや、それにあれは偶然だったというのに、俺に助けられたって思ってたのか?
だとしたら……。
「し、紫苑あのさ」
「千代君。千代君がね、あの時助けてくれたのが偶然だったとしても私、千代君のことが好き」
「え?」
「千代君に興味を持ったのは、たしかにあの時がきっかけだったけど。それから千代君のことをよく見るようになって、するとどんどん惹かれていったの。だから私は、千代君の全部が好き。優しいところも、強いところも、可愛いところも全部。私は千代君のこと、ずっと好き」
「……嬉しいよ。ありがとう、紫苑。じゃあ、もしかして母さんとは俺のことが話題になって知り合ったの?」
「ふふっ。お義母さんはそうかな。千代君に相応しい人になりたいって話をしたら、親身になってくれたの。えへへっ、あの頃が懐かしいね。私、ちゃんと千代君の彼女できてる?」
「もちろんだよ。俺こそ、もっと頑張るよ」
「うん。じゃあ、お互い頑張ろうね」
もうすぐ家に着くところで、少し気分が軽くなった。
ずっと、母さんのおかげでというか、母さんがいなかったら紫苑とこうして付き合うなんてできなかったんじゃないかって思っていたけど。
そうじゃなかったんだってわかったら、前よりももっと自信をもって紫苑のパートナーとして胸を張れる気がした。
偶然でも、小さなことの積み重ねでも。
紫苑はちゃんと俺を見て、俺を好きになってくれたんだから。
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