信じられる人
♥
「千代君。写真届いたよ」
彼との生活がしばらく続く中で、変化はあった。
というのも先日、うちの親に彼を会わせた。
別に私のことには無関心な親だから彼氏を連れてくると言っても「あ、そ」という返事だったけど。
彼がちゃんとけじめをつけたいって言ってくれたから。
会って、話をしてもらった。
ただ、終始淡々としたうちの親は一言だけ、「娘をよろしく」と。
その言葉で、私は気持ちが軽くなった。
このまま、千代君と一緒にいていいんだって、思えた。
彼も、「任せてください」と力強く言ってくれて、私はその場で少し泣いていた。
まるで結婚のあいさつみたいだったねと笑う彼はとても頼りがいがあって、頼もしくて、素敵だった。
やっぱり、そういうところの全部が好き。
私の中の、焦る気持ちも不安な部分もこうしてちょっとずつ和らいでいった。
そして夏が来た。
赤糸浜に多くの観光客が訪れるシーズンとなった。
「駅前は人が多いね」
「うん。でも、不思議。全然嫌じゃない」
「そういえば人混みが苦手だって言ってたよね」
「うん。前はね、道行く人みんな、私の敵に見えてたの。でも、今は何も気にならないの。不思議だね」
「悪い人ばっかじゃないよ。それに金子たちも……あ、噂をすれば来た来た」
「おーい、千代。それに先輩もお疲れ様です」
今日は駅前で千代君のお友達と待ち合わせ。
金子君っていう人と、千代君はずっと友達でいたいからちゃんと紹介したいって。
私も、最初は彼の友達なんて嫌いだから会いたくもなかったけど。
でも、これからはそうじゃダメだって、ゆっくり話をして納得した。
だけど、二人で会うのは嫌。
別に男の人と浮気するなんて思ってないけど、そうじゃなくて彼に会えない時間が寂しいから。
そんな私のわがままも彼はちゃんと受け入れてくれた。
彼女同伴で友達と遊ぶっていうのは、男の人からすると窮屈なのかもしれないってわかっていたけど、私はそれでも今日、ついていくことにした。
「しかし彼女同伴とは千代もえらくなったもんだな」
「言うなよ。ていうかお前こそ高屋さんとは順調なのか?」
「んー、まあ。でも向こうは女同士の付き合いとかいろいろあるみたいだし。それに俺も、先輩と一度ゆっくり話してみたかったんですよ」
と、金子君が私を見てニカっと笑う。
「どうして?」
「いえ、先輩って不思議な人だなって。正直そんな美人なんだからもっと自信もっていいのについてくるなんて、よく考えたらめっちゃ可愛いじゃないすか。まあ、だから面白い人だなって」
「面白い……うん、金子君、だったよね。よろしく」
「ええ、こちらこそ」
彼は私に握手を求めて手を差し出してきたけど、それはできなかった。
千代君以外の男の人に触れるのは嫌だから。
手を引っ込めると、「あ、そうですよね。あはは」と笑ってくれていた。
多分、いい人なんだってわかる。
千代君が大切にする友人だからきっといい人に違いない。
でも、今の私にはこれが精いっぱい。
こうして、普通に他人と話すことでさえ、奇跡的だと思う。
「じゃあ、いくぞ千代。喫茶店ならそこにあるから」
「あいよ。すっかり赤糸浜に詳しくなったな」
「まあな。俺、大学はこっちの受けようと思うんだ。いい場所だし」
「俺もだよ。なら、被るな」
「だな。先輩も?」
「その予定だよね、紫苑」
「うん。でも、ずっと千代君と一緒がいいからサークルとか誘わないでね」
「あはは、手厳しいなあ。まあ、それは了解っす。じゃあ、行きましょか」
そのあと、一時間ほど三人で喫茶店にいってお話をした。
とはいっても千代君と金子君の話を隣で聞いているだけだったけど。
千代君はそんな私の手をずっと握ってくれていた。
こういうことに慣れていけば、少しずつ私の中の不安な気持ちもなくなっていくのかなって。
ちょっとだけ、そう思えるようになった。
◆
「紫苑、わざわざごめんね。金子も悪い奴じゃなかっただろ?」
家に帰って一息ついているところで、千代君が。
リビングのソファに座る私にお茶を持ってきてくれた。
「あ、私がするからいいのに」
「いいよそんなの。それより、来週母さんたちが一回こっちに戻ってくるんだ。みんなで焼肉でもいかないかって」
「うん、聞いたよ。でも、私も行っていいの?」
「何言ってるんだよ。紫苑の為に行こうって言ってるんだよ。それに、もう俺達は家族みたいなもんじゃん」
「家族……うん、そうだね。家族だもんね」
千代君がそう言ってくれると、私の体は熱くなる。
でも、その熱は自然と私の中にある疑心暗鬼を溶かしてくれる。
これまで人を嫌っていた理由が、なんとなくわかった気がする。
きっと、裏切られるのが怖かった。
小学校の時、仲の良かった子に突然無視されたことがあった。
理由は後で知ったけど、「みんなでなんとなく無視しようって話になった」とか。
小さい頃ならありがちな話だけど、私はひどく傷ついた。
中学の時にも、私に親身になってくれる友人がいたけどその子に呼ばれて遊びに行くと、ガラの悪い男が大勢いる場所に連れていかれた。
すぐに引き返して逃げたけど。
結局私のことは利用価値があるから好きだっただけなんだって知った。
私が心を許しても、許そうとしてもいつも皆、私の期待を裏切る。
善意を踏みにじる。
小さなことでも、そんなことの連続で私は疑心暗鬼になっていた。
人が嫌いになっていた。
でも、だからこそ。
何も見返りを求めない彼に惹かれた。
私みたいな女のことを、疑わずに信じ続けてくれた彼に、心を奪われた。
彼は絶対に私を裏切ったりしない。
そう、心から思えるようになった。
「紫苑、今日はゆっくり寝よう。明日は休みだけど母さんたちが帰ってきたら騒がしくなるし」
「うん。家族団らんだね」
「ああ。ずっと一緒だ」
彼の言葉が今なら全部、私の耳に入ってくる。
本当に? 約束できる? 嘘じゃない?
そんな言葉の全部を私は、捨てた。
信じられる人が、ここにいるから。
おしらせ
次回最終回となります。
最後まで、よろしくお願いいたします。
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