最終話 その重みを感じながら


「あー、疲れた。母さんたちがいるとやっぱり騒がしかったね」

「うん。でも、二人とも楽しそうだった」

「それは紫苑がいるからだよ。特に母さんはやっぱり紫苑のことが好きなんだね」

「そうかな? 千代君の恋人だから、じゃなくて」

「そうじゃなくてもたぶん母さんは紫苑と仲良くなってたと思うよ。それに、いつも言ってた。人を見る目は確かだって」

「……うん」


 昨日は大忙しだった。

 まず母さんはかえってくるとすぐに紫苑を連れて買い物に行ってしまって。

 父さんは俺に対して「新婚生活はどうだー」と最近のことをあれこれ聞いてきて。


 母さんたちが戻ってきてからは式場での写真を見ながら団らん。

 そのあと、俺たちを焼肉に連れて行ってくれたんだけど。


 最近までは親というより友人に近い感覚だった母親が「あんたらがしっかり食べなさいよ」と、親っぽいことをしてくれていたのが印象的で。

 なんならちょっと落ち着かなかった。


 そして翌日の早朝、慌ただしく両親は転勤先へ帰っていった。


「とりあえずまたしばらく二人っきりだね」

「うん。だけど、たまにはお義母さんたちがいるのもいいな。早くみんなで一緒に住みたいかも」

「そう? 俺は紫苑と二人の方がいいけど」

「ふふっ、そんなの私もだよ。でも、家族ってやっぱりいいなって」

「うん。紫苑のところは相変わらず? 前にあいさつ行った時に思ったけど、サバサバしてるよね紫苑の家族って」

「基本的に無関心なの。ただ、両親ももしかしたら私を見て、何も期待しないようにしていたのかなって、今はそう思うの」

「というと?」

「私、昔から友達もいないし何をしても続かなくて、最後は人が嫌で閉じこもってしまってて。中学までは結構不登校気味だったし。なんとか高校には通ってたけど、うちの親もそんな私を見て、辛かったのかなって」

「なら、これからは変わったところを見せようよ。そうしたらちょっとずつ、反応も変わってくるかもしれないし」

「うん。でも、今はやっぱりここがいい。帰らなくていいならずっと、帰らないから」

「ははっ、俺もだよ。でも、やっぱり家族って大事だからね。たまには一緒に、紫苑の家にも帰ろうよ」

「うん。優しいね、千代君って」


 今日は日曜日なのに、朝早くに出ていく両親の見送りのために早起きしたせいでまだ外が薄暗いのにばっちり目が覚めてしまった。


 朝は見たい番組もないし、特にやることもないのでどうしようかと思っていると、「ねえ、散歩しない?」と紫苑から。


「いいね。朝だと涼しいし、海の方まで足を延ばしてみようか」

「うん。でも、駅裏にはいかないよ。怖い人が多いから」

「そういや、あの時も紫苑が絡まれてたね。ねえ、あれも偶然?」

「ふふっ、偶然じゃないよ。私、実は千代君が出かけてるのを見かけてついていったの。声かけようと思って」

「なんだ、そうなんだ。じゃあ、わざわざ俺に会いにきてくれたってわけだ」

「……ストーカーとか、思ってない?」

「あはは、そんなに俺のことが好きだったってことならうれしいよ。でもまあ、ストーカーと待ち伏せなんて紙一重だもんね。相手がどう思うかで、変わるから」

「そ、っか。うん、そうだね。千代君が優しい人でよかった」


 今思えばだけど、紫苑と偶然よく鉢合わせしていたのだって、もしかしたら彼女が俺を先回りして待っていたからなのかもしれないけど。

 それを、怖いとか変だなんて思わない。

 そこまで俺のことを想ってくれていたんだと思うと、嬉しいから。

 もちろん、紫苑じゃない誰かに同じことをされたら怖いと思うのかもしれないけど。


 セクハラだって、なんだって同じことだ。

 何をされるか、じゃなく。誰にされるかで、変わるものだから。

 俺は紫苑から向けられた愛がどれだけ重くても、それを受け止められる。

 だって俺も、彼女のことが好きだから。


「金子に言われたよ。案外俺たちって相性がいいのかなって」

「そう、だね。千代君じゃなかったら私、だめだったと思うの」

「うん。でも、それって運命みたいで素敵じゃん。俺も紫苑じゃないともう、嫌だよ」

「千代君……好き」


 手を繋いで、家を出る。

 朝の冷たい風がそよそよと俺たちの火照った体を冷やすけど、彼女の手はずっと、温かいまま。


 一緒に海へ向かうと、少し風が強くなってくる。

 やがて、海が見えた。


「気持ちいい。ねえ、また一緒に浜辺を歩いてみる?」

「うん。でも、もうここのジンクスなんて関係ないね。願い事叶っちゃったから」

「そっか。うん、俺もだよ。だけど何回でもここを一緒に歩きたい。紫苑と、二人で」

「私も。毎日一緒の電車に乗って、千代君に助けられて、一緒に学校行って、また電車に乗って。そんな毎日がいいな」

「そんな毎日だよ、きっと。ただ、毎日助けるのはどうかなあ。そんなにトラブルばっかだと不安になるよ」

「ふふっ、確かにそうだね。でも、困ったときは私を、助けてね」

「もちろんだよ。すぐに駆け付ける」

「ううん、ずっとそばにいるから駆け付けなくていいよ」

「ははっ、そうだった。じゃあ、ずっと手を離さないでね」

「うん」


 青く澄んだ海を眺めていると、山の方からゆっくり日が昇ってきた。

 そしてあたりがだんだんと明るくなっていく。

 そんなとき、彼女が俺にもたれかかってきた。


「千代君。私、重くない?」

「うん、全然。軽いよ」

「……そうじゃなくってね」

「知ってるよ。紫苑の気持ちも、全然重くないよ。むしろ、俺は体も心も軽くなるくらいだから」

「……うん。大好き、千代君」

「俺も。大好きだよ、紫苑」


 ぎゅっと、強く手を握って朝日に目を細める。


 そして横を見ると、紫苑がにっこりと笑っていた。

 その笑顔の方が、まぶしくて俺は、やっぱり目を細めていた。



 Fin


 エピローグに続く

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