氷織先輩という人

「ちょっと早かったか。誰もいないや」


 昨日初めて女の子と遊んで、電話までして、それに気分を良くした俺は今朝早くに目が覚めた。

 そしていつもより一本早い電車に乗って学校に到着すると、さすがに早すぎたのか教室は無人だった。


 でも、そのうち金子もくるだろうし宮間さん達もやってくる。

 昨日の話で盛り上がればいいな。


「でも、昨日も氷織先輩とばったり会ったけど偶然、だよな?」


 今朝はさすがに早い電車に乗ったので彼女を見かけることはなかったけど。

 ほんと、これだけ彼女と遭遇すると勝手に知り合いにでもなった気分になる。


 向こうは俺のこと、認識してるのかな?

 いや、もしかしたらあんまりにもよく会うせいで、ストーカーにでも間違われたりしてないだろうか。


「……ま、やましいことはしてないし。ていうか一人って退屈だなあ」


 時計を見るとまだ七時三十分。

 あと二十分くらいは誰も来ないだろう。


 ちょっと寂しくなって、俺は一度教室を出る。


 朝の静かな校舎をぶらぶらしながら時間を潰そうと、あてもなく彷徨ってそのまま靴箱の方まで。

 グラウンドからは部活動の朝練の声がする。


「……ん、あれは?」


 中庭の方に目をやると、先輩らしき男子生徒の姿が目に入った。

 少し大柄な人だ。

 そして彼の向かいには、見覚えのある人の姿が。


「氷織先輩だ。なにしてるんだろ?」


 相変わらず無表情なままその男子生徒と対峙する彼女の様子は、しかしどうもいい雰囲気のそれには見えない。


 やることもなく、興味本位で少し近づいてみると、会話が聞こえる。


「おい氷織、俺の何がいけないんだよ? 一回遊ぶくらいいいじゃないか」


 と、男子生徒が必死な様子で彼女に言っている。

 どうやら、氷織先輩を誘っているようだ。

 やっぱりあれだけ美人ならモテるんだろう。

 先輩は誘いに乗るのかな?

 関係ないのについ、足を止めてしまう。

 

「……」

「おい、なんとか言えよ。何がダメなのか言えって」

「いいの? 全部無理」

「なっ……いや、俺はこう見えてもサッカー部レギュラーだし勉強だって」

「そんなステータスで人を好きになるなら、私はサッカー選手と結婚します」

「そ、それは極論だろ」

「それじゃ聞きますけど、私の何がよくて誘ってくれてるのですか?」

「それは……可愛いと思ったからじゃ、ダメなのか?」

「ダメではないですけど。でも、私はあなたをカッコいいとも思わないので一緒にいるところを見られるのもしんどいです」

「ぐぬっ……」

「ではこれで。さようなら、二度と話しかけないで」

「うう……」


 あまりにこっぴどくフラれた男子生徒はその場で崩れ落ちるようにしゃがんでしまった。


 そしてそんな彼を心配する様子など一切見せずに氷織先輩はどこかへ消えていった。


 初めて、氷織先輩のまともな会話を聞いてしまった。

 噂に違わぬ冷徹さだ。

 なるほど、金子の先輩もあんな風にフラれたのだとすればいい噂が立つわけもない。


 ……俺なんかが近づけるような相手じゃないってことだな。


 改めて氷織先輩という人物がどういう人なのかを認識すると、淡い期待も妄想もかき消されていく。

 彼女が誰かに心許してデレるところなんて想像もできない。

 むしろ俺なんか、あちこちで遭遇したり勝手に手を握ってしまったりしているが、彼女に目をつけられている可能性もある。


 極力近づかない方がよさそうだ。

 それに弁当や手紙の送り主があの人だっていう可能性も、わかっちゃいたけどあり得ない。

 あんな人がそんなことをするはずない。


 ほんと、下手に勘違いして思いあがらなくてよかったよ。


「……でも、それじゃ誰なんだろう?」


 結局弁当のことは振り出しに戻った。

 もしかしたら俺じゃない誰かに渡すつもりのものだった可能性だってある。

 そうだとすれば、弁当を作った人に申し訳ないけど。


「よーす千代、早いな」

「おお金子、おはよう。なんかテンション高いな」


 教室に戻ろうとしていると、ちょうど登校してきた金子が俺を見つけてこっちにきた。


「へへっ、昨日ずっと高屋さんとラインしててさ。あ、そういや宮間さんがお前の連絡先知りたいってことで教えたけど連絡きた?」

「ああ、電話くれたよ」

「なんだかんだそっちもいい感じじゃんか。お互い、うまくやろうぜ」

「まあぼちぼちやるよ」


 なんて言いながら教室に入って、席で喋っていると高屋さんと宮間さんが教室に。


 で、高屋さんは金子に手を振っていた。

 だけど、宮間さんを見ると何故か目を逸らされた。


「あ、あれ?」

「おいおい千代、早速喧嘩でもしたか?」

「い、いや。昨日は普通におしゃべりしただけなんだけど」

「ふーん。もしかして向こうも意識してて気まずいとか」

「……だといいけど」


 でも、そんな感じはしない。

 もちろん女の子とろくに話したことのない俺に何がわかるんだって話だけどなんとなく直感でそう思った。


 明らかに避けられている。

 でも、その理由はわからない。

 それに、なんで避けるんだって聞いていくほど、仲がいいわけでもない。


 結局もやもやしたまま、授業が始まる。


 そして休み時間の度に宮間さんから話しかけられることを期待していたのだけど、話しかけられるどころか一切目が合うこともなく。


 昼休みになった。



「はあ……なんなんだろ、宮間さんのあの態度」


 今日は一人飯。

 金子は高屋さんと二人で学食だそう。

 で、宮間さんは昼休みに入ってすぐ、教室を出て行ってしまった。


 だから誰も誘う相手もおらず、今日はパンでも買って寂しく腹を満たそうと購買へ向かうことに。

 

「あ、まただ……」


 購買に行く途中で靴箱のところを通ると、またしても俺の靴箱のところに弁当箱がぶら下がっていた。


 俺はまたそれを手に取ってから、辺りを見渡す。

 しかし、こっちを見てる女子なんかはいない。

 それらしい人はいない。


「……一体誰なんだ?」


 二日続けての送り主不明の弁当。

 さすがにちょっと怖い。

 でも、同じ弁当箱だし、同一人物なのは間違いないだろう。


「……またハートか」


 校舎の隅の階段に座って中を確認すると、昨日と同じ白ごはんの上にシャケフレークでハートを彩ったお弁当が出てきた。

 その脇には唐揚げと磯辺揚げとポテトサラダ。

 俺の好きな具材ばかりだ。


「……でも、捨てるのも悪いよな」


 もちろん一口目は恐る恐ると。

 でも、別に腐ってるわけでも毒が入ってるわけでも無さそうだとわかると、俺はそれを美味しくいただくことに。


 物に罪はないというし。

 だけど、どうして直接渡してくれないのかが不思議だ。

 別にどんな人であれ、俺なんかのためにお弁当を作ってくれる時点で嬉しい以外何もないというのに。


「……また、手紙入れておこうかな」


 今日はちゃんと、俺の素直な気持ちを綴ろう。


 お弁当を作ってくれるのは嬉しいから、ちゃんと直接お礼をしたいのでどこの誰か教えてほしいと。


 弁当を食べ終わったあと、ちぎったノートにそう書いてから、弁当箱の中にそれを入れて。


 また、靴箱のところに弁当箱をかけなおした。

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