二人っきりの世界


「……常盤君、女の子と楽しそうにしてた」


 流行りが好きな今どきの女子たちが案内してくれというのはきっと赤糸浜の海だろうと予想して先回りして待っていたら、そこに常盤君と女の子が二人きりでやってきたのを見て、私は嫉妬の炎に身を焼かれていた。


 男の人って、どうして浮気をしたがるんだろう。

 私というものがありながら、常盤君も例外じゃないのかなって、泣きそうだった。

 でも、私を見てちゃんと思い直してくれたようで、女の子を先に帰してくれた。


 常盤君、やっぱりちゃんと私のことを好きなんだね。

 ふふっ、今日だけは許してあげる。

 でも、次はないからね。


「……潮風が気持ちいい」


 一人で浜辺に座って黄昏る常盤君の後ろ姿を見ながら私は、心地よい海からの風にうっとりする。


 少し冷たいこの風が好き。

 今日は人も全然いなくて、昔の赤糸浜に戻ったみたい。


 こうしてると、常盤君と私が世界で二人だけ、ここに取り残されたような気分になる。


 そんなの、最高に幸せだな。

 他の人とか、いらない。

 余計な人はみんな、消えちゃえばいい。

 私のことを色目でしか見ないやつも、不気味に思うやつも。

 ほんと、人のことを外身でしか評価できない人ばかり。

 私の気持ちとか、誰もわかってくれない。


 でも、常盤君だけはわかってくれる。

 こんな私のことを見返りもなく助けてくれる。

 何度も、救ってくれる。

 ちゃんと、大切にしてくれる。


「……後ろから抱きしめたら、驚くかな」


 一歩二歩、彼に近づきながらそんなことを思ってみても、それ以上先に踏み込めない。

 それは嫌われるのが怖いからじゃない。

 私だって、自分に自信がないから。

 今はわたしのことを全部知らないから常盤君も好きでいてくれてるんだろうけど、知るほどに嫌われるかもしれないから。

 これ以上近づくのが怖い。

 でも、離れたくない。

 

「……今日も、先にご飯作って待ってるからね」



 少し海で黄昏てから俺は自宅に戻ることにした。

 で、帰り道の途中で金子から電話が来た。


「もしもし金子? うん、俺はもう解散したけど」

「なんだよつまんねえなあ。俺、ちゃんと次回のデートの約束したぞ」

「まじか。いいなあ、うまくいってるじゃんか」

「まあな。でも、お前がうまく二人っきりにしてくれたおかげだよ」

「いやいや勝手にはぐれただけだから。ていうか地理は大丈夫たったか?」

「ああ、下見効果ばっちり。というわけでのろけ話はまた明日学校で」

「はいはい。とりあえずおつかれさん」


 金子はどうやら高屋さんとうまくいっているようだ。

 ちょっぴりうらやましかったけど、それ以上に友人の恋路が順調なのは自分のことのようにうれしかった。

 ま、人のためにいいことをしていたらそのうち俺にも……なんてな。

 なんかねえかなあ。


「ただいまー」


 予定よりすっかり早く帰ってしまったのでまだ外は明るくて。

 母さんももちろん帰ってきてなかったけど、また作り置きのご飯が置いてあった。


 今日は炒飯だ。


「母さんのやつ、わざわざ一回かえって来てるんだな。だったら俺が帰るまでいればいいのに」


 職場はそう遠くじゃないにせよ、いちいち息子の夕食を作りに帰ってからまた出かけるなんてことを、母さんは一度もしたことがなかった。

 男勝りな性格で、小遣いを渡して「これで好きにしな」って感じでほったらかしだった母さんがこう毎日料理をしてくれるのはやっぱり何かあるんじゃないかと。


 会ったらちゃんと話そうっておもってるんだけど、ここ数日はすれ違いでろくに顔も合わせていない。

 昨日は俺も遅くまで起きていたけど、母さんも飲み会で遅かったみたいだし。


「ん、うまい。けど、今日のはちょっと辛いなあ」


 スパイスがよく効いている。

 舌がぴりっとするが、それでも味はうまいので何度か水を飲みながら完食。


 で、もちろんだが風呂の支度も整っていた。


「でも、風呂入る前に今日こそ買い物行っておこうかな」


 冷蔵庫の中身は相変わらず補充されていない。

 だから今日は買い出しに行ってこようと、先日臨時休業していたスーパーに開いているか問い合わせてから、向かう。


 どうやら冷蔵設備の不具合で工事していたそう。

 今日はそのお詫びも兼ねていろいろ安売りしているそうなので、急いでスーパーへ向かった。



「んー、なんかいい買い物ができたな」


 肉も野菜も特売で、俺はついつい買いすぎてしまってレジ袋いっぱいに詰まった食材を両手に抱えながら帰宅。

 

 そして冷蔵庫に買ったものを入れてから、充実したラインナップに満足していると電話が鳴った。


 知らない番号からだ。


「……はい?」

「あ、千代君? 私、宮間だけど」

「ああ、宮間さん? 今日はどうも。どうしたの?」

「ううん、今日はなんかあんな感じでバイバイしちゃって悪かったなって。でね、りっちゃん経由で金子君から連絡先聞いたんだ。いきなりごめんね」

「なんだそんなことか。全然気にしなくてよかったのに」

「あはは、言うと思った。で、あの後氷織先輩とデートした?」

「デート? いやいや、俺はあの人と知り合いでもなんでもないんだって」

「え、ほんとに違うの?」

「だからそう言ってるじゃんか」

「ふーん。でも、先輩の雰囲気だとてっきり知り合いなのかなって」

「そんな雰囲気出てたかなあ。でも、近所に住んでるっぽいけどそれだけだよ。電車とか帰り道で時々見かけるだけ」

「で、見かけるうちに恋したと」

「いやいやそうじゃないって」

「あはは、千代君からかうの面白い。ね、また電話していい?」

「うん、全然いいよ」

「じゃあまた暇なとき電話するね。それじゃ」


 宮間さんが電話を切ったあと、俺はまた少し浮かれていた。

 女の子と電話なんて、初めてだから。

 まだ友達未満かもだけど、こうやってコツコツ積み重ねていけばもしかしたら彼女とうまくいく未来なんかもあるのかなって。


 そう思うと、明日からが楽しみになる。

 学校でも話したりして、そのうちみんなで飯食ったりなんてして、そのうち俺も……。


 うん、充実してる。

 今日はさっさと風呂入って寝て、明日はちょっと早めに学校行こうかな。



 

 

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