この場所を一緒に歩くのは


「はじめまして、高屋律でーす」

「どうも、宮間千佳です。ええと、君は確か」

「あ、あの、常盤千代です。よろしく」


 放課後になってすぐ、高屋さんたちが俺と金子のところにやってきた。

 で、まずは自己紹介。

 二人とも、俺みたいなのをバカにする様子もなく愛想よく挨拶をしてくれたので俺の警戒心もずいぶん解けた。


「じゃあいこうかみんな。赤糸浜の案内はジモッティの千代がしてくれるからよ」

「えー、楽しみ。赤糸浜、行ってみたかったんだあ。ね、千佳」

「うん。りっちゃんと二人で行こうかって言ってたんだけど女子同士で行くのもなあって思ってたからちょうどよかった。今日はよろしくね、常盤君」

「う、うん。まあ、道案内くらいだけどよろしく」


 とはいえ、女子との交流に不慣れなおれはまだぎこちなく。

 わいわい話しながら駅に向かう三人の少し前を歩きながら緊張を抑えるように何度も深呼吸をしていると。


 宮間さんが気を遣って俺のところにやってきた。


「ね、常盤君ってずっと赤糸浜住んでるの?」

「うん、そうだね。昔はもっと田舎だったんだけど」

「そっかあ。でもどうしてこっちの高校に?」

「うーん、地元は結構やんちゃな連中多くて合わなかったってのもあるかな。俺、そんなにはしゃぐタイプじゃないし」

「確かに。でも、女の子ってちゃらちゃらしてるより真面目そうなこの方が案外好きなもんだよ」

「そ、そうだといいけど実際彼女とかいたことないし」

「ふーん。じゃあこういうのも初めて?」

「う、うん。だからちょっと緊張してるかな」

「ふふっ、おもしろい。まだそんな人いたんだね。なんか常盤君のこと、いろいろ聞きたいな」

「ま、まあ何も出てこないけど」

「あはは、出てこなさそう」


 ぎこちない俺に対し、臆することなくしゃべってくれる宮間さんはとても話しやすい。

 それに俺の陰キャ気質も面白がってくれるし、こういう子と仲良くなれたらきっと楽しいんだろうなって気分にさせられる。

 

 そして肝心の金子の様子を後ろを振り返って確認すると、こっちもこっちで話が盛り上がってる様子。

 時々目で何かを合図してくる金子の表情は充実していた。

 今日はいい日になりそうだ。



「んー、電車乗るの久々ね」


 駅についてすぐやってきた赤糸浜行の電車に乗ると、外の景色を見ながら宮間さんはテンションをあげていた。


「まあ、毎日乗ってたら退屈だけどね」

「でも電車通学ってあこがれちゃうなあ」

「そうかなあ……って、金子たちは?」


 ふと、周りを見ると金子と高屋さんの姿がない。

 そして、ラインが一通届いた。


『このまま別れようぜ。頼むよ相棒』


 金子から。

 なるほど、最初からそういうつもりだったのかとあきれたが、別に嫌ではなかった。

 今日はどうあれ金子が高屋さんとうまくいくための付き合いのつもり。

 それに宮間さんがノリよくしゃべってくれてるし、結果オーライでもある。


「ありゃ、りっちゃんたちどっか行っちゃったね。ま、二人でよろしくやってるならいいじゃん」

「まあ、俺はいいけど宮間さんは大丈夫?」

「え、何が?」

「いや、俺と二人っきりなんて、その、つまんないかなって」

「あー、そういうネガティブよくないなあ。別にこうやって知り合ったわけだしいいじゃん。それにクラスメイトなんだから」

「まあ、そうだけど……」

「もしかして自分に自信ない人? 常盤君ってちゃんとしたらもっといい感じだと思うけどなあ」


 いつか金子に言われたことと同じことを宮間さんにも言われた。

 

「そう言ってくれるとちょっと自信になるよ。じゃあ、とりあえずついたらめぼしい観光スポット案内するね」

「お、頼もしいじゃん。男の子はそうじゃないとね」


 見た目よりずいぶんサバサバした感じの宮間さんとの会話は電車に乗っている間、途切れることはなかった。


 俺は、はっきり言って浮かれていた。

 もしかしてこれが俗にいういい感じってやつなのかなって、ちょっと思っていた。

 もちろん前のめりになって踏み外すような度胸もないけど、それくらい宮間さんとの会話は自然すぎて。


 赤糸浜に着くころには向こうが「千代君って呼んでいい?」と聞いてくるほどに打ち解けていた。



「もうすぐ海が見えるよ」

「へー、楽しみ」


 駅を出てまず向かったのは、一番の観光スポットである赤糸浜の海辺。

 宮間さん曰くまずはここに行かないと始まらないそうで、まっすぐ海を目指しているとふと、思い出したことがあった。


「あ、だけど案内するのが俺で大丈夫なの?」

「え、何が?」

「いや、あの、浜辺を一緒に歩いた男女は、ええと」

「あー、それね。いやいや、別に案内してもらうのとか自由じゃん。私は全然気にしないけど」

「そ、それならよかった」

「ていうか千代君こそ、もしかして好きな人とかいるの? だったら申し訳ないな」

「俺? いや、俺は……」


 好きな人なんかいない、と。

 言いかけたその時、浜辺に入る入り口のところにいる女性の姿が目に入った。


 氷織先輩だ。

 遠目だけど彼女は、俺の方をじっと見ている、ような気がした。

 

「……氷織先輩」

「え、誰? あ。あの人って確か二年の氷織先輩だよね。知り合い?」

「い、いや、知り合いではないけど……」

「けど?」

「……」


 もちろんろくに会話もしたことがないし、俺は向こうに名乗ったこともないので知り合いと呼べる間柄ではないが。

 ふと、昨日の電車での出来事を思い出してしまった。


 手を握ったことを。

 ただの偶然にすぎないあの一件が、なぜか俺の脳裏から離れない。


「あの人、千代君のこと見てない?」

「そ、そうかな?」

「あれー、もしかして千代君の好きな人って氷織先輩? だったら私、ちょっとまずいことしたかなあ」

「い、いやいや別にそんなんじゃないんだけどさ」

「ほら、急に慌ててるし。あー、そっかそっか千代君は高嶺の花狙いだったのかあ。それじゃ私と浜辺を歩くのはちょっとまずいよね」

「だ、だからそうじゃなくて」

「あはは、隠さなくていいのに。私、こっからは一人でぶらぶらして帰るからここでいいよ。あとでりっちゃんに連絡して合流するしさ」

「で、でも」

「それにさ、確かに赤糸浜を誰かと歩くなら、最初はやっぱり好きな人とがいいじゃん。千代君もそうでしょ?」

「まあ、理想を言えばそうだけど」

「でしょ? じゃあ今日はここでってことにしよ。案内ありがとね。また明日」

「う、うん」


 宮間さんは、海の方へ向かわず来た道を戻るように走っていった。

 あっさりと去っていく彼女は振り返りながら俺に手を振ってくれて、俺も手を振り返しながら遠くなる彼女を背中を見つめていた。


 結局、俺に脈なんかなかったってことか。

 ちょっぴり寂しいというか、勝手にフラれた気分になって気分が下がる。

 でもまあ、今日は俺が女子と仲良くなるための日じゃないし。

 ああやって明るい女友達ができたことで、また新たな出会いにつながるかもだし。


 金子のやつはうまくやってんのかなあって。

 ふと、海の方を振り返ると。


 さっきまで入り口のところに立っていた氷織先輩の姿はもう、どこにもなかった。

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