見守り隊



「ああ、それで明日になったのか?」

「そういうこと。頼むぜ千代さんよー」

「はいはい。で、一緒に来る子たちはどんな人なんだ?」

「俺が狙ってるのは同じクラスの高屋さん。で、もう一人の子も同じクラスの子だよ。宮間さんって知らない?」

「すまん、どっちも全然」

「二人とも可愛いぞ。ま、俺は高屋さん一筋だから宮間さん狙いで頼むぜ」

「会ったこともない子を狙うも何もないだろ」

「見ず知らずの人から弁当までもらうやつがよくいうぜ」

「それは言うなって。まあ明日はよろしく」


 電話を切ってすぐ、部屋の明かりを消した。


 目を瞑りながら明日のことを考えていると、また頭に氷織先輩のことがよぎる。


 手、触ったこと向こうも覚えてるのかな?

 偶然男に触られたくらい、あんな美人にはとるにたらない出来事だったのかな。

 でも、同じ電車で隣り合わせだった。

 赤糸浜のジンクスが本当なら、俺は彼女と……いや、妄想が過ぎるな。

 いいとこ、次会った時に文句言われる程度だろう。

 

「……寝よう」


 言い聞かせるように呟いて大きく息を吸う。


 でも、この日は何故か少し寝付けなかった。



「よう、千代」

「あれ、金子? なんでここに?」


 朝。

 駅の改札の前で待っていたのは金子だ。


「いやあ、たまたま昨日親戚が赤糸浜に引越しでよ。手伝いしたついでに泊まってたから驚かそうと思ってさ」

「へー、ここって人気なんだなやっぱり」

「ミーハーな人だからなうちの親戚。というわけで一緒に電車乗ろうぜ」

「いいけど、お前と赤い糸で結ばれないことを祈るよ」

「はは、間違いない」


 というわけで今日は金子と一緒に電車に乗る。

 今朝は氷織先輩の姿はない。

 やはり昨日までのことは全部偶然、だったんだな。


「……」

「どうした千代? 誰か探してるのか?」

「いや、別に」

「もしかして可愛い子がいつもいるとか」

「そんなに軟派じゃねえよ。そういや、金子の好きな高屋さんってどんな子?」

「んー、ギャルだな。俺、派手な子好きだから」

「あー、好きそう。宮間さんも?」

「いや、宮間さんは清楚系だな。性格も良さそうだぜ」

「へー。なんか放課後が楽しみになってきたな」


 いつもと違い、友人と喋りながらの電車ってのも悪くない。

 長く感じる時間も、今日はあっという間。

 すぐに電車が止まり、ほかの乗客と一緒に電車を降りてから、学校へ向かう。

 正門付近でまた、俺は氷織先輩の姿を探していた。

 でも、いない。

 やはり昨日までが出来過ぎな偶然だったんだと思わされる。

 

「……うん、今日は楽しむか」

「千代も乗り気でよかったよ。よし、赤糸浜のガイドは頼むぜ」

「おうよ」


 一度氷織先輩のことは忘れて教室へ行くと、金子がすぐに高屋さんと宮間さんがどの人かを教えてくれた。


 教室の前の方の席で談笑する彼女たちは二人ともいわゆる陽キャラ系で、タイプこそ違えどどちらも可愛い子だった。


 他の女子もいたので話したりはしなかったけど、高屋さんは茶髪のいわゆるギャルで、細身の明るそうな子。

 宮間さんは確かに清楚系の黒髪ロングな女の子だけど、見てる感じだとよく笑うし、飾らない和風美人って感じ。

 ああいう子たちとすぐに仲良くなれる金子は、つくづく俺とは違う世界を生きてきたやつなんだと実感する。


 ほんと、いいやつに目をつけてもらったもんだ。


「な、二人ともかわいいだろ?」

「ああ、確かに。ますます放課後が楽しみだよ」

「よーし、二人とも夏休みまでに彼女作って、みんなで海とか行こうぜ」

「いや、海は行くんだろ? 浜辺を歩くんだから」

「そうだけど、海水浴ってなりゃまた話が変わるだろ。水着とかさ」

「確かにな。リア充って感じだなあ」


 俺には縁遠い世界が目の前にある。

 そう思うと、自然と気持ちが高ぶってしまうのも無理はなく。

 

 今日はずっと、放課後のことばかりを考えていたせいもあって、いつもより授業が退屈で長く感じたのだった。



「常盤君も、男の子なんだね……」


 改札で待っていた私は、それでも彼に声をかけることは叶わなかった。

 家に行って料理もお風呂の支度もしてあげたのに、どうしても彼を目の前にすると積極的になれない。

 なれないのに、離れることもできない。

 

 彼の友人がなぜか今日は改札口にいて、当然のように常盤君を攫っていく。


 私は、友人君を駅のホームから突き落とす妄想を何度したことかわからない。

 でも、そんなことをして常盤君を悲しませたくないから、我慢した。


 我慢しながら、一つ隣の車両から彼を見ていた。


 そして駅に着いてすぐ、彼の後ろを見守りながら登校していると、会話が聞こえてしまった。


 ダブルデート。

 友人君のお誘いで仕方なくとはいえ、常盤君がほかの女の子と遊ぶ。


 その光景を思うと、胸が引き裂かれそうだった。

 体中が焼けてただれてしまいそうだった。

 嫌だって、思った。


 でも、これは浮気なんかじゃなくて、友人君に仲良くなりたい女の子がいて、そのために常盤君が一肌脱いでるだけ。

 そうわかっていても、辛い。

 なんとかしたい。


 邪魔したい。

 邪魔、しないと。


 ずっと、そんなことを考えて過ごす今日は、あっという間に終わっていく。

 

 放課後になった。

 なってしまった。


 もう、信じるしかない。


 私は、ちゃんと常盤君が私のところに帰ってきてくれるって信じてる。


 信じてるから。


「だから、ちゃんと、ずっと見守るだけにするからね」


 

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