健気さ
「ふう。とりあえず毒は入ってなかったみたいだ」
「いいなあ愛妻弁当あるやつは。俺も早く彼女ほしー」
「俺もいないって」
昼休み。
金子と二人で教室で飯。
俺はもちろん、今朝見知らぬ人から送られた弁当を食べた。
金子は購買で買ったパン。
「で、なんてお礼書くんだ? どうせなら『俺も好きです、付き合ってください』くらい書いとけよ」
「見たこともねえ人にそんなこと言えるかよ。でもまあ、やり方は不気味だけど味もうまかったしちゃんとお礼は言わないとだな」
あれこれ考えてもみたけど結局のところ相手の人物像が全く見えないため(ないとは思うが男の可能性だってあるわだし)、無難な感じで『あなたのお弁当、とてもおいしかったです。料理が上手な人は好きですよ』と。
俺が警戒していないそぶりを見せればそのうち相手から名乗り出てくれないかなという淡い期待も込めていた。
まあ、会いたいといえばウソじゃないし、実際どんな人が俺にこんな贈り物をしてきているのかを知らないともやもやしたままだというのもあるし。
「それじゃ靴箱にかけてくるよ。金子はどうする?」
「んー、すぐ戻ってくるならここで待ってるぞ」
「じゃあ置いてすぐ戻るわ。そういやさ、お前部活はいらないのか?」
「あー、なんかめんどくさいからいいかなって。俺、お前と遊んでる方が楽しいし」
「んだそれ。じゃあ一緒の帰宅部仲間だな」
「だな。早く行って来いよ帰宅部部長さん」
「へーへー」
金子にあしらわれて、教室を出る。
でも、こんなに気さくに話せる友人ができたことは俺にとっちゃありえないくらいうれしいことだ。
偶然とはいえ、善行を積んだご褒美なのかな。
それとも、まさか俺と金子が一緒に赤糸浜を歩いたから縁結びされたとか? それはちょっといやだな。
「……あれ、まただ」
廊下に出てすぐ、階段の方へ歩いて行こうとすると見覚えのある後ろ姿が目に入った。
氷織先輩だ。
ここ、一年生の教室しかない校舎なのに何の用だ?
まさか……いや、さすがに俺に会いにきたってのは自意識過剰すぎるだろ。
きっと後輩に用事でもあったに違いない。
それに同じ学校の生徒なんだから偶然学校内で会うことだって不自然じゃない。
俺が意識してるから彼女ばかりが目に付くだけなんだ、きっと。
「……意識してる、か」
そういえばだけど、なんか俺、彼女のことを意識してる。
もちろんきれいだからってのはあるけど、たぶんそれだけじゃない。
なんか彼女みたいな人って、親近感がわくんだよな。
いや、もちろんあんな美人と俺みたいなモブを一緒にするなって話だし、どこに似たところがあるんだって言われたら説明できないけど。
……なんか、気になるな、なんて。
思いながらぼんやり彼女の背中を見ていると、先に角を曲がった先輩は俺の視界から姿を消した。
すぐに俺も角に差しかかったけどその時にはもう、先輩の姿はどこにもなかった。
◇
「さてと、これでいいか」
空になった弁当箱を綺麗に洗った後、布に包んでから自分の靴箱に引っかける。
で、その中に手紙を入れておいた。
あわよくばこれを置いていった人物が回収しに来た時を発見できないかとも思ったけど、教室で金子が待っていることもありすぐにその場を離れた。
◇
「あ、なくなってる」
放課後になり、金子と二人で靴箱のところまでいくと、俺がぶら下げた弁当箱はもうなくなっていた。
「ありゃー、あわよくば千代の未来の彼女さんの姿見たかったのになあ」
「勝手に俺の未来を決めるなっての。でも、ちゃんとなくなってるってことはやっぱりこの学校のどこかに、あの弁当作ってくれた人がいるってこと、だよな」
「案外ストーカーだったりして」
「俺のことストーカーするやつとかいるかよ。それにストーカーって弁当なんか作らねえだろ」
「そうかなあ。なんか怖いけど」
「まあ、そうだな。誰かわかんないってのはちょっとな。うーん、でもほんとに誰なんだ?」
金子と校舎を出るときふと、正門のあたりで氷織先輩の姿を探した。
でも、今日は昼休み以降彼女の姿を目撃することはなく、もちろん正門にも彼女の姿はなかった。
やはりただの偶然か。
「よし、とりあえずカラオケ行こうぜ」
「いいねいいね。ていうか今度女子誘わね?」
「お前、好きな子いるんだろ?」
「だからだよ。いきなり二人でデートなんて無理だからさ、向こうも友達誘ってもらってダブルデートってやつ。な、親友の頼みだと思って付き合えよ」
「はいはい。じゃあとりあえずそれに向けて歌の練習だな」
「おけー」
金子のおかげで俺の高校生活はずいぶん明るいものになりそうだ。
こういう友達は大事にしようって心に誓いながら二人で駅の方へ。
こういう放課後の過ごし方も悪くない。
♥
「……好き。私のこと、やっぱり好きなんだ常盤君」
お昼休みが終わってすぐ。
私はお弁当を食べてもらえたか気になって、保健室に行くふりをして彼の靴箱の方へ向かった。
すると弁当箱がかかっていたので急いで回収し中を確認。
もちろん中身は空っぽ。それに、手紙まで入っていた。
私への、ラブレター。
「えへへ、字、きれいだよ常盤君も。それに、こんなに喜んでくれるなら毎日でも作っちゃわないと」
その弁当箱と手紙を抱きしめながら私はしばらく動けなかった。
もう、授業を受ける気にもなれなくて、そのあとはずっと保健室で時間をつぶして。
放課後、私はまた彼を待とうと先に正門の方へ。
しかし、
「またいる……仲のいいお友達なんだ。でも、邪魔だなあ」
常盤君はまたいつもの友人と連れ立っていた。
だから私は急いで身を隠して、遠目から彼の様子を見守る。
会話を聞く。
「いいねいいね。ていうか今度女子誘わね?」
「お前、好きな子いるんだろ?」
「だからだよ。いきなり二人でデートなんて無理だからさ、向こうも友達誘ってもらってダブルデートってやつ。な、親友の頼みだと思って付き合えよ」
「はいはい。じゃあとりあえずそれに向けて歌の練習だな」
「おけー」
聞き捨てならない会話を聞いてしまった。
私というものがありながら、常盤君に別の女と遊ばせる?
あの男、どういうつもりなの?
もしかして、私のことが嫌いで嫌がらせを……ううん、常盤君のお友達だからそんなひどい人じゃないよね。
うん、きっと何かの間違いだ。
常盤君がほかの子と浮気なんて、絶対しない。
しないって、わかってるけど私……不安。
「カラオケ行くんだ。うん、じゃあ待っていないとね」
今日も彼と同じ電車で帰る予定。
だから彼の予定が終わるまで、ちゃんと待っててあげないとね。
私って一途だけどちゃんと束縛とかしないから。
常盤君だって高校生だし、友達と遊びたいお年頃だからそれくらい許してあげないとね。
えへへ、ちょうどカラオケ店の入り口がよく見える喫茶店が目の前にあるし。
ここで常盤君が出てくるの、待ってよ。
私って、ほんと健気だよね。
何時間でも、彼の帰りを待てちゃう。
でも。
「もし女の子たちと出てきたら……お仕置きだからね」
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