正体不明


「おっす千代、なんか夕方コンビニ強盗あったらしいな。あれ、お前の家の近く?」


 学校に到着するとすぐに後ろから俺に声をかけてきたのは金子だ。


「ああ、それも俺が店にいるときで大変だったんだよ」

「まじか。お前って案外トラブルに巻き込まれる体質なんだな」

「変な体質にするな。でもまあ、最近は人が増えて治安が悪いからな」

「でもよ、その強盗も高校生くらいの男がぶん投げて気絶させて警察に引き渡したって聞いたけど……もしかしてお前さ」

「え?」


 さすがに、今回ばかりは言い逃れができないと覚悟した。 

 あの場にいたことを自白してしまったし、実際俺はおまわりさんから犯人を捕まえた英雄扱いされたし。


「あのさ金子、あれは」

「今度ばかりは犯人捕まえた人、見たんだよな?」

「へ?」

「いやあ、なんか噂によると変質者を捕まえた高校生と同一人物だっていうし。赤糸浜に住む高校生ヒーローっていやあ、結構ネットでも噂になってるぞ?」

「……まじ?」

「ああ。俺、絶対その人に会ってサインもらうんだあ。なあ、どんな人だったか特徴くらい覚えてないのかよ?」

「……」


 なんだか、とんでもないことになっていた。

 金子の問いに返事もせずSNSを開くと、急上昇ワードの一つに『赤糸浜 ヒーロー』の文字が。


 検索するとみんな好き勝手放題に考察を書きこんでいた。


 ある人曰く、そのヒーローはいつも赤糸浜の電車に始発から終電まで乗り続け、電車内の治安を守っているとか。

 またある人曰く、そのヒーローは夜明けから日没まで赤糸浜の街を歩き続け、昼夜問わず町の人を見守り続けているとか。

 いや、どんな暇人だよ。働けやそいつ……いや、俺のことなんだよなこれ。


「……すまん金子、昨日はビビりすぎて何も覚えてないんだ」

「えーまたかよ。でもまあ、強盗が目の前にいたら普通そうだよな。千代にけががなくてよかったぜ」

「ああ、そうだな。ま、とりあえず俺たち凡人は今日の昼飯何食べるかの相談でもしようぜ」

「だな。学食でさ、サービスランチ食べてえからダッシュな」

「おけー」


 そんな何気ない会話は、平和な一日が始まることを予感させてくれる。

 そうだ、俺は普通にこうして友人とだべって普通に飯食って勉強してかえってダラダラするくらいがちょうどいい。

 下手に正体をばらして英雄扱いされるのも気まずいし、正直なことを話して皆に白い目で見られるのもごめんだ。


 もう二度と、事件なんかに巻き込まれませんように。



「……ん、なんだこれ?」


 学校に到着してすぐ、俺の靴箱の取っ手に何かがぶら下がっているのを発見。

 布に入った箱?


「おいおい、これってまさか弁当? 千代、お前弁当作ってくれる彼女いたのかよ。だったら言えよな」

「いやいや、いないって。それに、いたとしたらこんな渡し方おかしいだろ」

「ん、そりゃそうか。じゃあなんだこれ? 毒でも入ってんのか?」

「まさか毒入り弁当をこんなに堂々と置いていかないだろ。でも、誰がこんなものを?」

「まさか昨日の手紙のやつ? やっぱいるんだよお前のファンが」

「俺のファン、ねえ。だとしたらこんなやり方じゃなく、声かけてくれたらいいのに」

「ま、自分に自信ない系じゃね? とにかくよ、教室で中身見てみようぜ」

「ああ、そうだな」


 中身もわからない、誰が置いていったのかもさっぱり不明な弁当箱を持っていくのは少々気が引けたけど、そのまま放置ってわけにもいかず持ち帰る。


 そして教室で席に着いてから金子と一緒に中を見ると。


「な、なんだこれ」


 弁当箱いっぱいに敷き詰められた白ご飯の上に、色鮮やかに描かれたハートマークが俺の目に飛び込んできた。

 

「おいおい、これはさすがに確定だな。お前のこと、好きな子がこの学校にいるんだよ」

「……まじか。でも、まじで心当たりねえぞ」

「入学式の時に話した子とかは?」

「いない。ていうかこの学校で知り合いは今んとこお前くらいしか……いや?」

「ん、誰か心当たりあったか?」

「……」


 心当たり、というほどでもないが一人だけ、俺の頭に浮かんだ人物がいた。


 氷織先輩だ。

 入学式のあの時から、偶然にしちゃ彼女とあちこちでよく遭遇する、気がした。

 でも、どれもこれも偶然だし向こうは俺に声をかけるどころか見向きもしない。

 もし彼女がこの弁当箱の主だというのなら、いくらでも俺に声をかけるチャンスはあったはずだし。

 それに、そもそも俺は彼女と接点はない。

 彼女が俺を好きになる理由がない。


「……いや、考えすぎだな」

「なんだよもったいぶるなよ」

「なんでもないって。でも、これをおいしくいただいた後、どうやってこの弁当箱を返せばいいんだろうな」

「ん-、確かに。洗って手紙でも添えてお前の靴箱にかけておいたら?」

「お、それナイスアイデア。そうするか」


 男なんて皆単純なもので、人によっては難しく考えてしまいそうなこともこの通りあっさり解決し、談笑。

 もっとも、一番重要なところである弁当箱の送り主だけは誰か解明することはかなわなかったが。


 今日はそれ以外特に事件が起こる様子もなく、やがて授業が始まった。



「お弁当、あんなに嬉しそうにしてくれてる……好き」


 私のお弁当を持ち帰って教室で友人の子と談笑する彼の顔はすごくうれしそう。 

 私は、そんな彼の様子を教室の外からじっと見つめていた。


 時々一年生の知らない男子からじろじろ見られるのが不快だったけど、常盤君の笑顔で全部帳消しになる。

 ずっと、ここで彼を見ていたい。

 どうして私、彼より先に生まれてきちゃったんだろう。

 生まれ変わったら幼馴染にでもなりたいな。


「……でも、お友達にまで私の愛妻弁当を自慢してくれるなんて嬉しい。今日はお母さんに合鍵を預かってるからね。晩御飯はシチューだよ」


 ね、常盤君。

 私、あなたに尽くし続けるから。

 一生だよ? 確定だよ?


 ダメなんて言ったらだめだからね?

 そんなこと言われたら私……。


「常盤君と一緒に……ううん、だめだね。死んでも一緒のお墓に入りたいから」


 一緒に死ぬなら結婚してからだね。

 えへへ、私って頭いいね。


 

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