愛を届けに


「なあ千代、そういや今日は弁当はないのか?」

「そういや、朝はなかったな。もしかしたらただの気まぐれだったのかな」


 休み時間に金子に言われて、そういえばと弁当のことを思い出す。


 誰からどういうつもりで届けられてたのかもわからない弁当をあてにするほど図々しくもないが、しかしなんの予兆もなくそれが途切れるのも少しだけ不安になる。

 弁当を作ってくれていた人に何かあったのかって心配にもなる。


 それとも弁当を作ってくれてたにも関わらず俺が礼のひとつも言いに来ないからか。

 いや、相手がわからないのに伝えようもないし、手紙だって添えていたんだからそれはないか。


 しかし、結局誰だったんだろう。

 ほんと、俺のファンやストーカーじゃなくてただの悪戯だったのかな。

 俺が弁当をもらって嬉しそうにしてるのを見て、嘲笑っていたとか。

 ……いや、それこそ何のためにだよ。

 そんなに人の恨みを買うようなことはしてないつもりだけど。


「ま、今日こそ学食でいいんじゃね?」

「だな。でも金子、高屋さんと一緒に食べなくていいのか?」

「俺は女の子は好きだけど、同じくらい友達と遊ぶのも好きなんだ。それに男同士の方が気楽でいいじゃん」

「嬉しいこと言ってくれるなほんと。じゃあ昼休みは……ん?」

「なんだ、やけに騒がしいな?」


 金子と話している途中、教室の外が妙に騒がしくなった。

 俺と金子は不思議に思って廊下の方を見る。

 すると、教室の前側の入り口にポツンと一人、女性が立っていて、その人にクラスの連中の注目が集まっていた。


「氷織、先輩……?」

「おいおい、あれって氷織先輩だよな。なんであの人がうちのクラスに?」


 いつものごとく真っ直ぐ前を向いて無表情のままの彼女は、体の前に何か大きな箱のようなものを抱えている。


 そしてゆっくりと、まるで不安定な足場を恐る恐る進むかのようにゆっくりと教室に入ってきて。


 こっちに向かってくる……?


「常盤君」


 澄んだ声で、彼女は俺の名前を呼んだ。

 その時、クラスメイトのざわめきが増す。

 俺も、まさか自分が呼ばれるとは思っておらず、固まったまま。


 すると彼女は俺の前までやってきて、抱えていた箱を俺に差し出す。


「これ、お弁当」

「……え?」

「お昼のお弁当。渡すタイミング、なかったから」

「……おれ、に?」


 慌てて席を立つ俺と、弁当を差し出したまま黙り込む先輩にみなの視線が集まる。

 

 隣の席の金子もポカンと口を開けたままフリーズ。

 そんな時、先輩が小声で「おば様に頼まれたから」とつぶやいた。


「あ、ああ母さんに預かったんですか? ええと、なんかすみません」

「……ちゃんと食べてくれる?」

「も、もちろんですよ。ええと、わざわざありがとうございます」

「うん。それじゃ、またね」


 先輩は俺に弁当を渡すと、さっさと教室を出て行った。

 あまりに堂々と、周囲のざわつきや視線など目もくれずに出て行く様子を皆、息を呑んで見守っていて。

 やがて先輩が姿を消したあと、今度はお祭り騒ぎみたいになった。


「おいおい、あれって二年の氷織先輩だよな?」

「やっば、めっちゃ綺麗だわ。それにいい匂いしたし」

「でもよー、あの先輩って男嫌いじゃなかったっけ? なんでうちのクラスの男子に弁当なんか……」

「まさか付き合ってんのか? なあ、お前氷織先輩とどういう関係だよ?」


 男子たちが一斉に俺に対して囲み取材を開始。

 しかし何をどう説明したらいいかもわからず戸惑いながら金子に視線を送って助けを求める。

 しかし何より一番驚いていたのが金子だったようで、終始口を開けたままポカンとしている金子に俺のヘルプサインは届かず。


 もみくちゃにされながらずっとあたふたしていると、やがて救いの手が差し伸べられるようにチャイムが鳴った。



「おいおい、まさか千代が氷織先輩とそういう関係だったとはなあ」

「だから違うって言ってるだろ」


 昼休み。

 俺と金子は今、屋上で飯を食うところ。

 学食は今日もお預け。

 金子はパンを買ってきて、俺に付き合ってくれている。


「しっかしあの人、相当な男嫌いだって聞いてたけどな。お使いとはいえお前に弁当届けにくるとか、脈あるんじゃね?」

「ねえだろ。うちの母さんは図々しいやつだから無理矢理先輩に弁当預けて、先輩も人がいいから断れなかっただけだって」

「ふーん。でもよ、今日はそうだとしても昨日とか一昨日の弁当はどうなるんだ? 同じ弁当箱なんだろ? だったらやっぱり先輩が」

「それも母さんの仕業だろ。先輩と母さん、よくわかんないけど仲良いみたいだから、いちいち先輩に預けてたんだって」

「じゃあなんで今日は教室まで届けにきたんだ?」

「それは……まあ、流石にいつも靴箱に弁当を放置なんて悪いって思ったんだろ」


 昨日と同じ白い弁当箱の中には、またしてもシャケフレークでハートマークが彩られていた。

 やっぱり母さんのやつ、職場で何かあったのかな?

 こんな恥ずかしいこと、今までなら絶対しなかったはずだし。

 そもそも弁当を作るなんてことすら、されたことないし。


「ま、それでもクラスの連中はお前と先輩ができてるって話でもちきりだぜ。いいよなあ、あんな美人と噂されるなんてよ」

「いくら噂されたって意味ねえだろ」

「そういや、昼休みに相談したいことってなんだったんだ? まさかとは思うけど、氷織先輩のことか?」

「……いや、もういいよ」


 休み時間の一件で、俺はすっかりクラスメイトの注目の的になってしまった。

 金子にはちゃんと、どういう経緯なのかを説明はしたけどこいつだって半信半疑だ。

 本当は付き合ってるんじゃないかとか、そうじゃなくても俺が先輩を狙ってるんだろうとか、そんな風に思ってるのは伝わってくる。

 これ以上先輩のことを話して、話をややこしくしたくない。


「金子、とりあえず言っておくけど俺と先輩は何もないからな」

「はいはい、そういうことにしとくよ。でもまあ、何日かクラスメイトにいじられるのは覚悟しとけよ」

「はあ……こんな目立ち方したくなかったなあ」


 食事を終えて、教室に帰るのがちょっと憂鬱だった。

 みんな人の恋愛話には興味津々なお年頃だし、相手が相手だから尚更聞きたいことだらけなんだろうとわかってるからこそだ。

 案の定、教室に帰るとすぐにクラスメイトから氷織先輩とのことを根掘り葉掘り聞かれた。

 もちろん答えるほどのことは何もないので適当に誤魔化してみたが通用はしなかった。


 学校一の美人と評判の先輩が下級生の教室にやってきて特定の男子に弁当を渡すということがどれだけスクープなのかって、思い知らさる。


 この後、放課後までずっとクラスメイトは俺と先輩の話でもちきりだった。

 そして放課後になると俺は、逃げるように教室を去った。


 

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