特権

「あー疲れた……もううんざりだよ」


 正門を出たところで俺は一度膝に手をついて、息を吐く。


 氷織先輩との熱愛疑惑。

 そんなありもしないことを騒がれてあれこれ聞かれて、疲れないわけがない。

 もちろん、羨ましいとかよかったじゃんって言ってくれるだけならまだいいんだけど。

 中には心ない言葉を浴びせてくる奴もいた。

 嫉妬ってやつなんだろうけど、俺に文句を言われてもどうしろって話だ。


「先に出てきちゃったな。金子にはラインしとくか」


 今日は金子のことも振り切って飛び出してきたので、ラインで謝罪。

 するとすぐに「先輩と付き合っても俺のこと忘れないでくれよー」と茶化したメッセージが届く。

 ほんと、いい理解者だよ。

 でも、俺のことわかってくれてるんなら、いじらないでくれって言いたいけどな。


「……とりあえず今日という今日こそは母さんに文句言ってやる」


 こんなことになったのは全部、いい加減な母さんのせいだ。

 それに俺だけが迷惑を被るのならまだしも、俺みたいなのと噂されて先輩だってきっと迷惑しているはず。

 いくら知り合いだからって、年下に迷惑かけるなんて大人としてどうかと思うし。


 ……今日はちゃんと話をしよう。



「えへへっ、なんか学校中で私たちのことが噂になってる。よっぽどお似合いなのかな」


 今日はとても気分がいい。

 学校で常盤君とちゃんと目を見てお話もできたし、それに珍しくクラスメイトの子からも話しかけられて、「氷織さんって後輩と付き合ってるの?」とか聞かれたし。


 もう、親だけじゃなくて学校中からも祝福されてる。

 私が一言「常盤君ってね、素敵な人なの」って言っただけで大騒ぎしてた。

 もちろん、妬んでる子もいたと思うけど。

 そんなの知らない。

 常盤君はずっと私だけのものだもん。

 立場を弁えないバカな人が多いから、ちゃんと彼は私のものだって周知できてよかったかな。


 この前の、ほら、宮間とかいう女の子みたいにね。

 常盤君にちょっかいだそうなんて子が、多分いっぱいいるだろうし。

 その度にいちいち、「彼は私のことが好きなの」って言いに行くのも面倒だし。


 そういえばあの子、ちょっと泣きそうな顔してたなあ。

 ま、常盤君は素敵な人だから彼女がいるって知ったらショックだったんだろうけど。


 そんなの、知らない。

 誰がどう傷つこうが、関係ない。

 常盤君の善意につけ込んで、浮気を唆すような連中のことなんて、どうでもいい。


 私も、ようやく彼とちゃんと話せるようになってきたし。

 えへへ、嬉しい。

 毎日彼のお弁当を作ってあげてって、お義母様にもお願いしてもらってるし。

 夕食だって、ね。

 今日は何にしようかな。


 私を召し上がれ、なんて言ってみたいなあ。

 

 ……また、手、握ってくれるかな。


 ううん、そうじゃないね。


「今日は私の方から、君に触れさせてほしいな」


 

「あ」


 まっすぐ家に帰ろうと思ったのに、どうも気分が晴れなくて商店街をぶらぶらしていると、宮間さんと高屋さんがゲームセンターの前で喋っているのを見つけた。


 せっかくちょっと遊んで帰ろうと思っていたのに、これじゃ店に入りづらい。

 諦めて帰れってことなのかなと、引き返そうとしたところで呼び止められる。


「ねえ、ちょっと待ってよ常盤君」


 俺を呼んだのは高屋さん。

 振り向くと、二人がこっちに向いて歩いてきていた。


「な、なに?」

「あのさ……昨日はごめんね、なんか私も言い過ぎちゃった」

「ああ、それならもういいよ。それより今日は金子と遊ばないの?」

「あはは、明日会うからね。あのさ、ちょっとだけ話さない?」

「ここで?」

「まあ、ほんとはゆっくりって言いたいところなんだけどさ。千佳がちょっとだけ話したいこと、あるんだって」

「宮間さんが?」


 驚いて宮間さんを見ると、高屋さんの少し後ろで気まずそうにしている宮間さんもチラッと俺を見てきて。


「あの、この前はありがとね」


 と、何故かお礼を言われた。


「ありがとう? いや、俺は別に何もしてないけど」

「ううん、感謝してるの。あのさ、赤糸浜のコンビニで強盗があった時、あそこに私もいたんだ」

「え?」

「実はあの日、赤糸浜を一人でぶらぶらしてたんだ。それでね、あの時犯人を捕まえてくれたって高校生の姿を見て、どっかで見たことあるなあって思ってたの。その次の日にりっちゃんが男子とダブルデートだって誘ってきた時、相手の男の子を教えてくれた時にはびっくりしちゃった。まさか私の恩人がクラスメイトだなんて、思ってもみなくてさ。ふふっ、こんなことで、これは運命かもって、勝手に思っちゃったんだよ私って」

「宮間さん……」


 ここでようやく、一つの疑問が解けた。

 なぜ宮間さんが俺に好意的だったのかについてだ。

 まさかあの時宮間さんも店内にいたなんて、とんだ偶然だ。


「千代君、だから私はね……千代君のことが、やっぱり好き、だったの」

「……え? 今、なんて?」

「あはは、何回も言わせないでよ。でも、付き合ってとかそういう話をする気はないから」

「ど、どうして?」

「もう、そういうところだよ。ちゃんと千代君には相手がいるじゃない。私だって、彼女いる人を強引に誘ったりしないもん」

「かの、じょ? いや、俺は別に」

「でも、今日ね、教室に氷織先輩が来たのを見て、踏ん切りついたの。あんな綺麗な人には勝てないし。お幸せにね」

「え、あの、だから俺は」

「バイバイ千代君。あの、もう私は何もしないから、氷織先輩にくれぐれもそう伝えておいて」

「あ……」


 宮間さんは、俺の話も聞かずに高屋さんとゲームセンターの中へ向かっていった。


 人生で初めて女子に好きと言われたというのに、なぜか勝手に勘違いされてフラれたような形になってしまったことにまだ頭が整理できず。


 俺はゲームセンターの入り口を見つめながらしばらく、その場に立ち尽くしていた。



「常盤君、遅いなあ」


 今日は一足先に彼の家に帰って夕食の支度を整えているところ。

 こうして彼の帰りを堂々と待てるのも、の特権だからいいんだけど。


 でも、先に帰ってきちゃうと待ってる間ずっと不安になっちゃう。

 外で浮気してないかなって、ソワソワして落ち着かない。 

 今日もまた、あのお友達と遊んでるのかな。

 それとも、また別の女の子に誘われて困ってるのかな。


 まさかあの宮間って子と……ううん、それはないよね。

 私と常盤君は親が認めた仲だって、ちゃんと説明したもんね。

 それでまだ彼を拐かすような女なら……


「死ねばいいのに……うん、人のものを盗るのは良くないもんね」


 早く帰ってきてね、常盤君。

 今日はカレーだよ。

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