彼女
「さすがにこっちは人が少ないな」
普段用事のない赤糸浜駅の裏手に来たのはいつぶりだろう。
親の話だと昔はこっち側が繁華街っぽくなっていて、飲み屋さんも今より多く、ちょっとエッチなお店なんかもあったりしたそうな。
ただ、観光地化してからはそういう場所も摘発されたりとかで無くなっていって。
今では、昔からある複合施設と最近できたネットカフェに用事のある学生くらいしか訪れない場所。
休日だというのに、閑散としている。
「栄枯盛衰ってまさにこのことだ。それにこっち側は元々治安よくないもんな」
俺の住んでる場所とは中学の校区が違うからあまり知り合いはいないけど、こっちの学校の連中は不良が多いって話をよく聞いた。
だからってわけでもないけど、友達も少ない非力な平凡男子の俺はこっちには極力こないようにしてたけど。
「ま、さすがに高校生にもなってカツアゲなんてないだろ」
駅前から海沿いは今日も朝から多くの観光客で埋め尽くされている。
だから外出を選んだ俺が自然と足を向けたのが駅裏だった。
金子に勧めた手前、ってのもある。
金子がデートするのは昼ごろだろうし、俺がぶらぶらしてあんまりにもデートに不向きな場所だったら連絡してやらないとな。
「……でも、一人だとほんと退屈な場所だな」
元々夜の繁華街だったってだけあって、昼間はどこもシャッターが閉まっていて。
一人だとカラオケやボウリングにももちろん行かないし、別に家で一人ゆっくりできる身分だから、わざわざネットカフェに籠ろうとも思わない。
結局、ぶらぶらしてるだけ。
一帯をぐるっと一周してから俺は、トイレを借りようと近くの複合施設に入った。
♡
「常盤君、朝から散歩。健康的で素敵、好き」
でも、こんな朝早くからどこに向かったのかな?
あ、もしかして私とのデートプランを考えるために視察に?
うん、そっかそっか。
常盤君ってこういうところ、マメなんだね。
そういう気遣いも好き。
今日は元々、一緒にお出かけしたかったからこのまま着いて行ったらいっか。
「駅裏、ちょっと暗くて怖い」
家から出て行く彼をずっと追いかけていくと、着いたのは赤糸浜駅の裏手。
ここはあまり治安がよくない場所ってことで、私もあまり近付かないようにしてたんだけど。
どうしてこんなところに?
「あ……そっか。常盤君ったら、エッチなんだから」
この辺りには古いラブホテルがいくつかある。
常盤君、私をエスコートするためにどこが一番良さそうか調べに来てくれたんだ。
えへへ、私ならどこでもいいのに。
それこそお家でもいいけど。
でも、初めての時くらいは二人っきりの空間で静かに迎えたいもんね。
常盤君って意外とロマンチストなのかなあ。
うん、好き。
「あ、建物に入っちゃった。おトイレ、かな?」
私も、ちょっと朝の風で体が冷えたから。
ちょうどよかった。
私がトイレに行って、出てくるまで待っててくれるかな?
ううん、男の子の方が早いよね。
だったら私が待っていないと。
「えへへ、待ち伏せしちゃお」
♤
「ええと、トイレは……あ、あったあった」
俺が入った複合施設は、一階がカラオケボックス、二階がボウリング場、三階は中古の本屋という感じになっていて、学生が溜まり場にするにはうってつけの場所だ。
もちろんこんなところで一人で遊ぶわけもなく、入ってすぐの受付の手前にあるトイレに俺は入る。
広めのトイレの一角で用を足していると、中で遊んでいたであろう地元の高校生たちが数人入ってきた。
「おい、さっきそこに立ってた女見た? めっちゃ美人だったな」
「ああ、うちの生徒じゃないけど多分同い年くらい? ナンパする?」
「だな。一人でいるってことは案外向こうも誘われるの待ってるかもだしよ」
そんな会話が隣から聴こえてくる。
どうやらトイレの外に美人がいたそうだ。
でも、俺からすれば美人がいくらいたところで声をかけようなんて安易な発想には至らない。
少しがらの悪そうな連中を横目に、こういうやつらみたいな人生の方が案外生きてて楽しそうだな、なんて思いながら。
そのまま手を洗って外に。
すると、
「なあ、俺らとこのあとボウリングしない?」
「結構です」
「いいじゃんか、金なら出すからよ」
「結構です」
女の子が一人、男数人に囲まれてナンパをされていた。
どいつもこいつもこんなのばっかだなあと呆れながらも、さっきトイレで会った連中より風貌が悪そうな感じだったので関わらないでおこうと。
目を逸らそうとしたところで、ナンパされている女の子の姿が目に映った。
「氷織、先輩?」
無表情のまま、腕を組んで冷静に対応している先輩の姿がそこにはあった。
ただ、いくら先輩でも男数人に囲まれて大丈夫なのだろうかと。
足を止める。
すると、茶髪の背の高い男が先輩の後ろの壁を手で押さえて、迫る格好になった。
「なあ、いいから一緒においでよ。あんま冷たいこと言ってると優しい俺でもちょっとは怒るぞ?」
「……乱暴な人は嫌い。離して」
「おいおい、乱暴はないだろ。ちょっと相手してくれってお願いしてるたけじゃん」
男はそう言って、先輩に顔を近づける。
すると、先輩の表情が明らかに曇る。
眉間にしわを寄せて、まるで汚物を見るような目つきになる。
「まずいな……」
俺は少し離れたところからその様子を見守っていた。
すると、さっきトイレで鉢合わせた連中が出てきて、先輩に絡んでる男を見て、焦ったように顔を見合わせる。
「やっべ、高代先輩じゃん」
「まじかよ。あの人、相当悪なんだろ? 絡まれないうちにさっさと帰ろうぜ」
と言って逃げるように出口へ。
どうやら、この辺では有名な悪のようだ。
確かに見るからに悪そうで、強そうだ。
がたいもいいし、髪の色は明るいし目つきは悪い。
絵にかいたようなヤンキーを前にしても氷織先輩は表情を崩さないままだけど、それでもこのままじゃきっと、連れていかれてそれで……。
「……見なかったことにはできない、よな」
俺は心底怖かった。
不良ややんちゃな連中が多い地元が嫌で赤糸浜の学校を選ばなかったような俺が、女の子を集団で囲むような奴らに立ち向かうなんて無謀でしかないとわかってた。
それでも、勝手に体が反応したのはきっと、絡まれていたのが氷織先輩だったからだろう。
知り合いだから庇いたいとか、母さんが仲良くしてるから助けたいとかじゃない。
いいところを、見せたかった。
「氷織先輩!」
俺は夢中で彼女を呼んだ。
「あ?」
すると、先輩ではなくヤンキーの方が先に俺の声に反応した。
「誰だよお前」
「え、ええと……」
「なんだ、このねーちゃんの知り合いか? 俺らは別に乱暴しようとか思ってねえんだけど」
「あ、いえ、俺は、その」
威勢よく飛び出してみたものの、蛇ににらまれた蛙状態になってしまった。
先輩は、こっちも見ずにうつむいたまま。
ただ、近くで見ると彼女の体は少し震えていた。
やっぱり、怖かったんだ。
「兄ちゃん、もしかしてこの子の彼氏?」
「え? いや、俺は」
「いや、どーなんよ。そこはっきりしてくんね? 俺ら、別に人のもん取ろうなんて思ってないわけ。でも、別ににーちゃんが関係ないってんなら俺らも堂々とナンパすっし」
「……俺は、あの」
「ん? 聞こえねえ、どっち?」
「……」
少し高圧的だったが、目の前のヤンキーの言ってることを鵜呑みにするならきっと、この場では俺は彼氏だって名乗ったほうがいいのだろう。
それくらいのことはすぐにわかる冷静さは残っていた。
ただ、言葉が続かない。
そんなウソをついてくれと頼まれたわけでもないのに、勝手に他人にそんなことを言ってもいいのかと。
先輩を助けるためとはいえ、俺なんかが彼氏だって思われて迷惑じゃないかと。
こんな時にまで、変なネガティブを発動させてしまって言葉を失う。
「……」
「なんだ違うのかよ。ま、そんなら俺らがこの子誘っても文句ねーわな」
そう言って、男は再び先輩の方を向いて今度はその肩を抱こうと手を伸ばす。
その時、緊張や恐怖とは違う何かが俺の心臓を震わせた。
そして、考えるより先に俺は言っていた。
「その人は……俺の彼女です」
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