朝の空気は澄んでいて


「う、うん……?」


 喉が渇いて、目が覚めた。

 今日は休みだというのに時計を見るとまだ朝の六時。

 歯を磨かずに寝たせいか、口の中がカラカラだ。


「……歯、磨くか」


 いつもならこんな風に目が覚めてもそのまま二度寝して昼前までダラダラするんだけど、今日は何故か寝る気にはならず。


 洗面所にいって顔を洗ってから歯を磨く。


 そして乾いた喉を潤そうとキッチンへ向かうと、テーブルにはラップされた朝食が置かれてある。


「……これは」


 目玉焼きと味噌汁、そしてご飯。

 こんな朝早くに母さんが作り置きして行ったのかと驚いていると、その横に一枚の紙が。

 そしてそこには達筆な字で、こう書かれていた。


『ゆっくり食べてください』


 敬語。

 そして、これは母さんの字ではない。

 もちろん父さんのはずもなく、じゃあ誰なんだと言えば心当たりはさすがに一人しかいない。


「先輩……」


 きっと俺が帰った後、朝飯の準備までしてくれたんだろう。

 ついでといえばそれまでだけど、しかしここまでよくしてくれるとさすがに気が引けるというか、申し訳なくなってくる。


 今度会ったらちゃんとお礼をしよう。

 家がわかるなら菓子折りの一つでも持っていきたいところだけど。


 あいにく俺は彼女の連絡先すら知らない。

 二日続けて彼女のご飯を食べたことですっかり勘違いしそうになっていたけど、俺と先輩は友達ですらない。

 まだ、恋愛云々以前の話だ。

 今日だって、彼女がどこで何をしているかすら知らない。

 もしかしたら男の人とデートの予定があるのかもしれないし。

 ていうか今だって、誰かの腕の中で眠っているかもしれない。


「先輩……」


 いらぬことを想像してしまい、胸がキュッと締め付けられた。

 これって、嫉妬なのかな。

 俺、先輩のことが好きなのかな。


 ……わかんないけど、やっぱり先輩が気になってしょうがない。


「……はあ。金子のやつも、今日はデートだって言ってたもんなあ」


 誰かに話を聞いてほしい。

 でも、そんな相手もいない。

 気晴らしに誘う人もいない。


 つくづく自分が陰キャだって思い知らされる。


「……食べたらもっかい寝るか」


 せっかく用意してくれた朝食はしっかりといただいた。

 冷めていても濃い味付けのそれを俺はがつがつと食べてから、すぐに部屋へ戻る。


 休日の過ごし方なんて、だいたい部屋でダラダラして昼になったら腹ごしらえして、またダラダラして。

 デーゲームの野球中継を見ながらうたた寝して。


 そうやって一日がすぐに終わる。

 ほんと、虚しいもんだ。


 ……先輩は、いつも何をして過ごしてるんだろ?

 やっぱり彼氏とか、いるのかなあ……。



「おはよ、常盤君」


 早朝。

 私は彼の朝食を作ってから、彼の部屋の前でおはようのあいさつを済ませる。


 お義母様に聞いたけど、常盤君はいつも休日は部屋でダラダラしてるんだったね。

 ふふっ、そういう普段は何も関心がないのに、いざという時には男らしいところを見せてくれる君も大好き。

 全部好き。

 きっと今はぐっすり寝てるんだよね。

 昨日、こっそり覗いた寝顔、とっても可愛かった。

 つい、ほっぺを触っちゃった。

 えへへ、常盤君って体があったかいの。

 

「……今は起こしたら悪いから、また後でだね」

 

 部屋の扉にキスをして、私は一階に降りる。


 だけど、いつも家にいるだけだとそれはそれで寂しいよね?

 常盤君も男の子だから、きっとデートしたりしたいよね?


 私も、また常盤君にぬいぐるみとってほしいな。

 駅の近くにもゲームセンターあるんだよ。

 ちょっとがらの悪い人が多くて、一人だと怖いから一緒に来てほしいなあ。


「常盤君、いつ起きるかなあ」


 今はまだ朝の四時。 

 キッチンで待っててもいいけど、私がいると彼は気を遣ってゆっくり食べられないだろうし、とりあえず朝食が終わるまではお外で待っていようかな。


「庭からだと、キッチンがよく見えるしね。ふふっ、今日はお外の空気がおいしい」



 二度寝しようと部屋に戻ったのだけど全く寝付けないまま、ダラダラベッドの上でスマホを触っていると電話が鳴った。

 金子だ。


「もしもし? どうしたんだよ金子」

「おっす千代、今日高屋さんと赤糸浜でデートなんだけどどっか遊ぶ場所とか知らねえかなって」

「またこっちくるのか? みんな好きだなあ」

「高屋さんが結構ミーハーなんだよ。で、なんかねえの? カラオケとかボウリングとかさ」

「そういうのなら、駅を出て海と反対側に出たところに複合施設があるぞ。あとは、ゲームセンターとネットカフェが引っ付いた店とかもその辺にあるかな」

「へー、やっぱ都会だな。じゃあ今日は駅裏探索してみるわ」

「でも、ガラが悪いとこだから気をつけろよ」

「大丈夫だって。それに変な奴が襲ってきたら俺が高屋さんを守るさ」

「いいなあお前は」

「はは、羨ましいか。でも千代、お前こそ氷織先輩誘ったりしねえのか?」

「無理に決まってんだろ。連絡先も知らないし」

「ま、そうだよな。あんな美人に俺たちみたいな庶民が相手してもらえるわけねえもん。噂が立っただけでも羨ましいくらいだぜ」

「迷惑なだけだよ。ま、デート楽しんでくれ」

「おうよ。うまくいったらすぐ報告すっから」

「はいはい」


 金子が終始浮かれた様子なのが電話越しにでも伝わってくる。

 きっと、今日あたり高屋さんと付き合うんだろうな。

 俺も休みの日にデートとかしてみたいなあ。

 そしたらこんな鬱屈な日々ともおさらばなのに。


「はあ……全然寝れないや。散歩でも行こうかな」


 外はいい天気。

 今日は日中あたたかくなる予報だし。

 こんな日に部屋に篭ってるなんて、そんなんだから彼女の一人もできないんだ。


「よし、出かけよ」


 でも、休日だから海側は観光客で溢れてるに違いない。

 今日は俺も、駅裏の方をぶらついてみるか。



 


 

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