伝えないとわからない
「保健体育? ええ、受けてますが」
「回りくどい言い方だったかな。つまりだ、ちゃんと節度を持った男女交際をしないと後悔すると、そう言いたいのだ」
「節度……ですか?」
まだ核心に触れないように話す先生に聞き返すと、換気扇の下まで行ってタバコに日をつけた先生が、「子供できたら話にならんぞ」と。
「そ、それは……わかってます」
「わかってない。現に氷織は来ないと、そう言って相談に来たぞ」
「来ない……え、こないってそれはつまり」
「まだわからんけどな。もし万が一のことがあったら退学して働く覚悟はあるのか?」
「そ、それは……」
急なことすぎて何がなんやら。
動揺を必死に隠しながら先輩を見ると、お腹の辺りを手でさすりながら「こないの……」と、少し辛そうに先輩が言った。
「紫苑……あの、それってもしかして」
「うん、こないの。どうしよう、千代君……」
先輩は今にも泣きそうだ。
そりゃそうだ、俺だってどうしたらいいのかさっぱりすぎて、頭が真っ白になりそうだというのに。
まさか、昨日一回のことで……いや、ないとは言い切れない。
俺は、先輩のことを何も考えずに自分の思うまま、やりたいことをしたんだ。
その結果、もし子供ができたのだとしたら……。
「あ、あの。俺……ごめん、なさい」
「千代君は悪くないよ? 私の責任だから」
「そ、そんなことないよ。俺……ええと、もし来なかったらちゃんと……いや、来ても来なくても俺、ちゃんと責任とるから」
「責任……?」
「う、うん。お、俺でよかったら結婚、してください。ちゃんと、養う覚悟で働くので」
こんなことを言う時点で無責任なのかもしれないけど。
でも、もしこの先どうなっても俺は先輩と一緒にいたいから。
紫苑といたいから。
「……どっちでも、結婚してくれるの?」
「そ、それはもちろん、俺でよければ、ですけど」
「来なくても、いいの?」
「そ、そりゃあだって……俺の責任でも、ありますから」
「うん。じゃあ、どっちでも結婚、だね」
「う、うん」
先輩の強張った表情が少し崩れる。
ほんのり頬を赤くしながら、俺の手を握る。
そんな先輩を抱きしめたくなったところで、「こら、ここで子供作る気か」と、谷口先生が。
「あ、すみません」
「ったく、仲がいいのはいいがちゃんとしろ。まあ、どうあってもちゃんとするのであれば私は応援はする。別に正規教員ではないし、婚期を逃した三十路とすれば、そこまで相手のことを考えられるのも羨ましいもんだよ」
「先生……はい、ありがとうございます」
「まあ、とにかく数日は氷織の様子を見なさい。それで体調が優れないなどのことがあればまた相談しに来たらいい」
先生はそう言ってからタバコに火をつけようとして、やめた。
「万が一があるからな」と、先生はそう言って笑っていたが、どことなく先生も無理をしているように見えた。
終始不安そうな先輩を励まそうとしてのこと、なのだろう。
本当なら怒鳴りつけられてもおかしくないようなことだ。
でも、谷口先生は本当に先輩の理解者なんだなと。
先輩もそれがわかってるからここに来たんだろう。
……本当に子供ができたら、親になんて相談したらいいんだろう。
◇
「千代、昼休みにビッグニュースがあったぜ」
教室に戻るとすぐに金子にそう言われてドキッとした。
まさか俺と先輩の噂が既に出回っているのではないかなんて身構えたが。
「俺、高屋さんとついに付き合ったんだ」
なんてことはない、金子自身の話だった。
「ん、なんだそんなことかよ」
「おいおい、親友のめでたい話に対してそりゃねえだろ」
「あ、すまんすまん。でも、前から付き合ってるような感じだったじゃんか」
「だとしてもだよ。恋人未満から恋人になるのって簡単じゃないなってマジで思ったよ。これでさらにそのあと結婚なんて、大人ってみんなどうやって結婚してんだろうなあ」
「結婚、か」
さっき、勢いで先輩に言ったことを思い出す。
俺と、結婚してほしい、か。
でも、子供ができたら否応なしにそうしないといけなくなるだろうけど。
なんか、そういうのは違うな。
それだと、仕方なしに結婚しましょうって言ってるみたいだし。
「金子、どうやって高屋さんに告白したんだ?」
「なんだよ、そんな恥ずかしい話しろってか」
「い、いや話しにくいならいいけど」
「まあ、はずいけどいいぜ。普通に、思ってることをはっきりそのまま伝えたんだよ。ほら、今まではなんとなく雰囲気とか、空気でわかるじゃんって感じに思ってたけど反応なくてさ。で、はっきり好きだから付き合おうって話したら向こうから、『ちゃんと言ってくれないからわかんなかった』ってちょっと怒られたよ。結局他人同士、通じ合うものがあっても本音は曝け出さないとわかんないもんなんだなって思ったな」
「へえ」
結局他人同士、か。
それは確かにそうだ。
俺も、先輩とちゃんと話すまで先輩が俺のことを好きだなんて思いもしなかったし。
それに、今も。
勢いで結婚するとか責任とるとか言ったけど、あんなのただの気休めにしかならない。
先輩だって、俺にそう言わせたみたいになってるかもしれない。
ちゃんと、俺の本心を全部伝えないと。
先輩の本心も、わからないままだ。
「なんだよ千代、まさか氷織先輩にプロポーズでもすんのか?」
「プロポーズ、か。うん、それいいな」
「え?」
金子が『嘘だろ?』って顔をしたところでチャイムが鳴った。
まだ何か聞きたそうにしていたが、俺はそんな金子から目を逸らして窓の外に目を向けた。
先輩に……紫苑に、プロポーズしよう。
高校生同士で、付き合って間もないのにそんなことを言ったら笑われるかもだけど。
俺だってもう、紫苑がいない生活なんて考えられないもんな。
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