花言葉


 浜辺を出てからは特に会話もないまま、ホームセンターに到着した。

 広い入り口の前にはパレットに積まれた段ボールなんかがごった返していて、その奥にはきれいな花がたくさん並んでいる。


 入り口の手前で先輩は足を止める。

 紫がかった、少し形の変わった花に先輩は視線を向ける。


「先輩、花が好きなんですか?」

「うん、きれいだから。庭に飾りたい」

「確かに庭に咲いてるときれいですよね」

「これ、綺麗……」


 先輩はしゃがみ込むと、吸い込まれるようにその花を見つめる。

 俺はその花の名前すら知らないけど、とにかく先輩がそれを欲しがってることだけはわかった。

 そして値札をちらっと見ると、鉢一つで千円。

 結構高いなあと思いながらも、買えない値段でもないことから俺は、


「よかったらそれ、買いますよ?」


 と、聞いた。

 すると、きょとんとした表情で先輩は俺を見る。


「いいの?」

「ええ、今日のお昼もごちそうになりましたし、お礼の一つくらいさせてください」

「……うん。じゃあ、お願い」


 すっと、一つ鉢を持って俺に渡してくる。

 しかし変わった形の花だ。

 本当にこんなのでいいのかな?

 もっとパンジーとかきれいな花はたくさんあるのに。


「ほんとにこれでいいですか? 他にあるならそっちでも」

「これでいい。これが、いいの」

「は、はあ。それじゃ、とりあえずレジで預かっておいてもらいましょうか」

「うん」


 花を持って店内へ。

 そして入ってすぐのレジの人にそれを預けてから、買い物かごを取って調理器具のコーナーへ。


 フライパンや鍋なんかが雑多に並んだ通路に入ると、先輩は興味津々な様子でそれらを手に取っては戻しながら商品を吟味し始めた。

 俺はといえば、並んだ調理器具がどれも同じものにしか見えなくて、値札ばかり見ては心の中で「これは安い」「これたっけえ」と、そんな感想ばかり。


 先輩は料理が上手だから器具にもこだわりがあるのかなあとみていると、先輩は大きめのフライパンを一つ手に取って、俺が持っているかごに放り込んだ。


「あの、これでいいですか?」

「うん。あと、包丁とまな板も買おうかな」

「ええと、それならあっちみたいですよ」

「うん」


 今度は包丁のコーナーへ。

 パッケージに入った包丁がこれまたずらりと棚にかかって並んでいて。

 でも、先輩は今回は迷うことなく一つの包丁を手に取るとすぐにかごへ。


「あ、包丁はいつも使ってるのがあるんですか?」

「うん。よく切れるの、これ」

「へえ。俺、道具にこだわったことないから、教えてほしいですよ」

「セラミックより、鋼とかステンレスの方が良いの。あと、ステンレスでも種類があるの」

「そうなんだあ。俺、ほんと全然何も知らないから感心します」

「包丁、よく切れる方がいいから調べただけ。さっ、レジに行こ」


 レジに向かい、会計を始める。

 さっきの花代と合わせて、レジの合計金額はちょうど六千円。


 器具代はあとで母さんに請求すればいっかと思って財布を取り出したが、


「あ、あれ……」


 財布の中には四千円しか入っていなかった。

 しまった、財布の中身をチェックしてなかった。


 レジの人の「どうされました?」と聞かれて焦っていると、俺の後ろから先輩がそっと五千円札を出してくる。


「これで足りる?」

「え、だ、だめですよ。これはうちで使うものなんですから俺が」

「でも、足りないんだよね?」

「そ、それは……い、今からおろしてきます」

「銀行、遠いよ。それに、後ろの人がつっかえてる」

「あ」


 俺がもたもたしているせいでレジに行列ができかけていた。

 それを見て、俺は渋々ながら先輩からお金を受け取って。

 自分の財布から千円だけ出して、会計を済ませた。



「すみません先輩、あとでちゃんと母さんに請求してくださいね」


 店を出てすぐに俺は先輩に平謝り。

 買い物に付き合ってもらっておいて、お金も持ってきていないうえに立て替えてもらったなんて失礼以外の何物でもない。

 さすがに怒ってるかなと、何度か先輩に頭を下げた。

 が、先輩は変わらぬ平然とした態度で、「気にしないで」と。


「それよりお花、ありがと」

「え? いや、俺が買ったってほどでもないですけど」

「ううん、このお花代は出してくれたから。帰ったら庭に飾るわ」

「そ、そうですか。ええと、それじゃ荷物もありますし、帰りましょうか」

「うん」


 大事そうに植木鉢を抱える先輩はとても絵になる。

 花がよく似合う。少し紫がかった花の色が、クールな先輩によく合う。


 でも、本当になんて名前の花なんだろう。


「先輩、重くないですか?」

「大丈夫。これは私が持ちたいから」

「そ、そうですか」

「そっちこそ、重くない?」

「俺ですか? いえ、全然気になりませんよ」


 むしろフライパンとかが入った袋よりも植木鉢の方が重いくらいだろうけど。

 でも、先輩はよほど花が気に入ったのか、それだけは大事そうに抱えて離さなかった。



 常盤君ったら、とてもおしゃれ。

 花言葉で愛を伝えてくれるなんて、素敵。好き。


 イカリソウ。

 春に咲くこの花は、錨に似てるからそう名付けられたそうだけど、私はこの花の持つ意味を知っている。


 花言葉は『君を離さない』だよね。

 常盤君ったら、花言葉まで知っててプレゼントしてくれるなんて、ほんとかっこいい。


 それにさりげなく「重くない?」だなんて。

 ふふっ、常盤君の気持ちなら全然重くないよ。

 むしろ私の方こそ、お金を貢いじゃうような女は重くないかなって思ったけど。


 気にならないんだ。

 えへへ、私って結構重いかなって思ってたけど、常盤君は優しいから私の性格も全部包み込んでくれるんだ。


 ふふふっ、この花、どこに飾ろうかな。

 常盤君の部屋が見える庭の角にしようかな。

 それとも玄関先にしようかな。あそこからだとキッチンがよく見えるし。


 この花の香りを堪能しながら常盤君のことを見つめる時間……うん、とても素敵。

 重いものを持っているはずなのに、なぜだか体がどんどん軽くなっていく。


 常盤君、今日もこの後ずっと二人っきりだね。

 新しいフライパンで、何を炒めようかな。

 今日はまた、オムライスにしようかな。

 お義母様に聞いたら、すっごく喜んでくれてたって言ってたし。


 ふふっ、この前はお義母様がいたから恥ずかしかったけど。

 大きくハートマークも描いちゃう。


 楽しみにしててね。

 このお花を通じて常盤君の気持ち、ちゃんと受け取ったから。


 絶対に、離れないから。

 

 

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