なんでそんなことを言うの?


「えへへ、千代君とイチャイチャしちゃった。みんなの前でイチャイチャしちゃった。千代君、好き好き大好き」


 教室に戻って、スマホの画面にいる彼にキスをしながら私は湧き上がる幸せを噛み締めていた。


 千代君はモテるから、あれくらい釘を刺しておかないとね。


 彼のクラスには宮間とかいう子もいるし、他の子だって油断できないもの。


 最近はの方がモテるっていうし。

 優しくて勇敢な彼に女の子が寄ってくるのは必然だから。


 ちゃんと婚約者として、目を光らせておかないと、ね。


「えへへ、千代君ったら照れてたなあ。可愛い、大好き」


 クラスメイトのみんなが私を見てる。

 でも、そんなのどうでもいい。

 私に必要なのは彼だけ。


 私、千代君のためならなんだってできそう。

 昨日みたいなことも……もっとすごいことだって。

 昨日は、いっぱい気持ちよくなってくれたね。

 今日も、いっぱいいっぱいしてあげるから。

 私なしじゃいられないように、してあげるから。


「早く放課後にならないかなあ」



「よう千代、派手にやってたみたいだな」


 午後の最初の授業が終わってすぐ。


 金子がにやにやしながらいじってくる。


「いや、あれはなんというか事故だよ」

「いやー、あちこちで噂になってるぜ。あの氷織先輩を落とした強者一年生がイキリまくってるって」

「べ、別にイキッてなんかないんだけどな」

「ま、ほどほどにしとけよ。羨ましいで済むだけならいいけど、妬む連中もいるだろうし」

「わかってるよ」


 言われなくても俺だって別に先輩との関係を見せびらかしたいわけではない。

 噂されるのも、羨ましいと思われるのももちろん悪い気分はしないけど。

 変な恨みを買うことにならないように周りを煽るようなことはしたくないって思うんだけど。


 先輩があんなに積極的だと、断りにくい。

 それに、先輩が俺との関係を隠そうとしないことも嬉しいから。


 つい、調子に乗ってしまった。

 もうすこし自重すべきだったと反省するばかり。


 周りの反応も、朝は祝福ムードだったが今は冷ややかなものだし。

 今の俺を見て高屋さんや宮間さんはどう思ってるんだろう。

 嫌味なやつだと、軽蔑しているのだろうか。


 ……いや、そんな他人の目を気にするよりも、今は目の前の大切な先輩のことだけ考えよう。

 それがいい。

 それで、いいんだ。



「千代君、迎えにきたよ」

 

 放課後すぐに先輩がやってきた。

 さっき散々俺たちのイチャイチャを見せつけられたとはいえ、まだそれに慣れたわけでもないクラスメイトたちは当然先輩の方を見てどよめく。


 俺は金子と話す間もなく急いで先輩の方へ駆け寄ろうとする。

 

 が、俺より先に。


「ねえ、なんのつもりなんですか?」


 宮間さんが先輩のところへ。

 そして怒った様子で先輩の前に立つ。


「何のつもり? 千代君を迎えにきたんだけど」

「あ、そ。でも昼休みのあれも、相当迷惑なんですけど。あと、私が千代君を好きだったこと知っててわざわざ見せつけるようなことしなくてもよくないですか? 大人げないですよ」


 宮間さんが先輩にそう言うと、数人の女子も味方に入るように宮間さんの側に寄る。


 なんかまずいことになってる。

 どうしよう、止めないと……。


「千代」

「か、金子? なんだよ今はそれどころじゃないって」

「わかってる。でも、行っても藪蛇だろ」

「……でも、先輩が困ってる」

「まあ、ちょっと様子見ろ」


 先輩の元へ急ごうとする俺を金子が引き止める。

 なんでそんなことをするんだって思いながら足止めを食らっていると。


 先輩が、


「なんで……なんでみんな、私を否定するの?」


 ぼろぼろと、涙をこぼし始めた。

 大粒の涙を、大きな目からぼとぼとと。

 その様子を見て、宮間さんたちは少し後ずさる。


 その時、俺は無意識に体が動いた。

 そして気が付いたら先輩の手を引いて、廊下を走っていた。


「先輩、来てください」

「せ、千代君?」

「いいから。早く」


 どうしてかわからなかったけど、あのまま見ているだけじゃいけないと。

 そう思ったのはただ先輩が心配だったから、なのか。

 それとも他に理由があったのか。

 

 わからないけど夢中で走った。

 先輩の手は、いつもより冷たく感じた。



「……はあ、はあ」


 正門を飛び出していつもと違う方向に曲がったところで息が切れた。

 そしてすぐに振り返ると、涙で目元を腫らした先輩も、息を切らしながらこっちを見ていた。


「す、すみません大丈夫ですか?」

「うん。千代君、私をあの子たちから守ろうとしてくれたの?」

「そ、それはまあ。だって紫苑さん、泣いてたから」


 大好きな人が泣いていた。

 そんな状況を静観できるほど、俺は冷めてもいないし強くもない。

 ただ、あの場で宮間さんたちに言い返せるほどの力もない。


 結局、逃げるしかなかった。


「千代君、ありがと。急に泣いたりしてごめんなさい」

「い、いいんですよ。あんなに大勢で紫苑さんをせめるあいつらがいけないんです。もし仮に明日からクラスメイトに嫌われても、俺はかまいません。紫苑さんが、泣くことに比べたら……」


 宮間さんたちは怒っていた。

 そりゃ当然だと思う。

 俺も、宮間さんの気持ちを知っていながら軽率だった。


 でも、先輩は悪くない。

 俺が、ちゃんとしなかったからいけないんだ。


「千代君、優しいね」

「そ、そんな。俺は当然のことをしただけです。それより、ちょっと汗かいちゃいましたから帰りましょう」

「うん。今日はね、シチューでも作ろうかな」

「俺も手伝いますよ。疲れてるでしょうし」

「ううん、いいの。助けてくれたお礼だから。一生、懸命に作るね」

「じゃあ、甘えます。その代わり無理はしないでくださいね」

「うん」


 息が整ったあと、先輩と二人で駅へむかう。

 その間も、電車に乗っている間も、電車を降りたその後もずっと、手を繋いでいた。


 先輩の手は、グングンと熱くなる俺の体温のせいか、学校にいた頃よりずっとあたたかくなっていた。


 

 

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