見せつけておかないと


「千代君、来たよ」


 昼休みになった。

 先輩はすぐに俺の教室にやってきて、皆の注目を集める。


「紫苑さん、お疲れ様。あの、わざわざ来てもらってすみません」

「ううん、大丈夫。それよりご飯、ここで食べない?」

「え? で、でもここだとちょっと落ち着かないですよ」

「今日はお外だと寒いから。嫌?」

「い、いえ俺は全然。じゃあ、ええと……」


 二人で座れるところはないかと席を探す。

 しかし俺の前の席の女子はこっちをチラチラ見るだけで席を離れそうもない。

 どうしようかと思っていると、隣の金子がひょいっと席を立つ。


「よかったら使えよ。俺、高屋さんらと飯行ってくるから」

「まじ? 金子、なんか悪いな」

「いいっていいって。んじゃ、そういうことで」


 俺の肩をぽんぽんと叩いて金子はさっさと教室を出て行った。

 

「……紫苑さん、とりあえず金子の席空いたので座ります?」


 空いた金子の席に先輩を案内すると、しかし先輩は首を横に振る。


「そっちは、ヤダ」

「あ、あれ? どうしました?」

「千代君の席がいい。千代君が、そっち座って」

「え、ええ構いませんが」


 どういうわけか、先輩は俺の席に座りたいと。

 たしかにこっちの方が窓際で日当たりもいいから暖かいけど。

 それとも知らない男子の席に座るのが嫌だったのかな? 

 ま、いいけど。


「よいしょっ。うん、あたたかい」

「寒かったんですね。そういえば紫苑さん、ずっとカーデガン羽織ってますし寒がりなんですか?」

「うん。あったかい。ご飯たべよ?」

「はい、いただきます」


 というわけで今日も先輩のお弁当をいただく。

 先輩が袋から大きな弁当箱を取り出すと、一気に注目が集まる。

 あの氷織先輩が後輩男子のために手作り弁当を作ってきていることに対しての嫉妬、一体彼女はどんなものを作るのかという好奇心などなど。

 理由は様々だろうが、とにかく俺たちの方を食い入るように皆が見ている。

 こんな中でご飯って、ちょっと食べにくいけどなあ。

 先輩はそういうの、気にならない人なのかな?


「千代君、今日は唐揚げとだし巻きあるから」

「わあ、美味しそう。紫苑さんってなんでも作れるんですね」

「千代君のため、だから。なんだって頑張るよ」

「紫苑さん……」


 恥じらう彼女がとてつもなく可愛い。

 ここが教室でなければ俺は確実に彼女を抱きしめていただろう。

 ああ、二人っきりで食べたい。

 先輩、もしかして俺がガツガツしないように敢えてこんな場所を選んでる?

 だとしたらまだ、先輩とキス以上なんて時間かかりそうだなあ。


「千代君、あーん」

「え?」


 ぼんやりと先輩との距離感に悩んでいると、先輩がお箸で自らの玉子焼きを掴んで俺に向けてきた。


「あーん、ダメ?」

「え、ええと……みんな見てますよ?」

「見られたら、困るの?」

「そ、そうじゃないですけど」

「けど?」

「……あ、あーん」


 先輩は全く恥ずかしがる素振りを見せずに玉子焼きを俺の口元に運んでくるので流れに身を任せて口を開く。


 すると、そのまま玉子焼きは俺の口の中へ。

 一口でパクリといただくと、口いっぱいに甘い味が広がる。


「……ん。うまいです」

「よかった。唐揚げも、あーんしてあげるね」

「い、いいですよそんなには。それに紫苑さんのおかずが」

「じゃあ、千代君の分は私にあーんしてくれる?」

「え、俺がですか?」

「嫌?」

「……嫌なわけ、ないですけど」

「けど?」

「……わ、わかりました」


 俺は箸を持つ手を震わせながら唐揚げを掴む。

 そして先輩の小さな口へ、大きな唐揚げを運ぶ。


「……あ、あーん?」

「あーん……ん、おいひい」


 先輩の口は上品に少しだけ開いて、唐揚げを少しだけかじった。

 そして嬉しそうに口元を押さえながら目尻を下げる。

 なんだこの可愛い生き物は? 

 本当にこの人が俺の彼女なんだよな?

 やばっ……可愛すぎる。


「お、美味しかったならよかったです」

「うん。じゃあ今度は千代君にあーんしてあげる」

「い、いいですよ。ほら、これだと時間かかりますし」

「早く食べて、早く帰ってほしい?」

「そんな……お、俺だって紫苑さんと一秒でも長く一緒にいたいですよ」

「ほんと?」

「はい、ほんとです。だからそんなに悲しそうにしないでください」

「うん。じゃあ、あーん」

「……あーん」


 こんなやりとりをずっと、繰り返した。

 蕩けそうな幸せと、刺すような緊張感が交互に俺に押し寄せてきた。


 先輩の口におかずを放り込む独特の優越感。

 先輩のお箸でご飯を食べさせてもらえるという背徳感。

 これだけで俺はどうにかなってしまいそうだったけど。


 そんな様子をずっと、クラスメイトに見られているという緊張感がずっと、俺の理性を保たせていた。

 同じことを家でやられたらもう、それこそ先輩に飛びかかって押し倒してしまうと思う。

 それくらい俺には刺激的すぎる時間だった。


 でも、先輩は嬉しそうにこそすれど、恥ずかしそうな素振りは見せない。

 そういうところはやはり、俺より大人な女性なんだと、そう思わせられる。


 先輩は、どこまで俺のことを揶揄ってるつもりなんだろう。

 

「ご馳走さまでした」

「うん。私もご馳走様」


 昼休みが終わる直前にようやくお弁当を完食した。

 そして先輩は、満足した様子でスッと立ち上がると、


「明日も、こうしようね」


 そう言ってさっさと教室を出て行った。

 俺はまだふわふわした気持ちのまま、颯爽と去る先輩の姿を見送って。


 クラスメイトのどよめきがおさまらないまま、午後の始業を告げるベルが鳴った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る