英雄の帰還を待つ

「い、いえ。俺はなにも」

「いやあ、君のような勇敢な若者と同じ町に暮らしているなんて、私も誇らしいよ。だけど、今度から無茶はしちゃいかんからな」

「は、はい……じゃなくって、俺は別になにも」

「そういう謙虚なところもほんとうにいい青年だ。うちの娘を紹介したいくらいだよ、はっはっは」

「……」


 気絶した犯人がお縄についたあと、警察官に保護された俺は他の客や店員と違って、なぜか一人だけパトカーに乗せられて警察署まで連れていかれた。


 人生で初めて乗るパトカーは、死ぬほど落ち着かなかったが、警察の人が優しかったのがまだ救いだった。


 で、何を聞かれたかといえばだけど。

 事件の概要とか、そんな話じゃなくて開口一番「ありがとう」と言われた。


 何が? という顔をしていると、「防犯カメラで見たよ。君が犯人の暴走を止めてくれたんだね、感謝する」と。


 だから何が? という顔をしていると、「ほら、トイレの方へ向かった犯人が吹っ飛んでくる瞬間がちゃんと映ってる。それに、目撃証言もあるから間違いない」と。

 ちょうど防犯カメラの映像がトイレスペースの手前までしか映ってなく、確かに映像を見る限り犯人が誰かに殴られて吹っ飛んできたように見えなくもない。


 そこからは何を言っても俺の話など信用してくれやしない。

 偶然犯人が目の前で転んだだけだと言えば「そんな奇跡がそうそう起きるもんか。殴ったことは正当防衛だから、気にすることはないんだよ」と言われ。

 俺は殴ってなんかいないと言っても、「もちろん人を殴ることはよくない。でも、君のこぶしが多くの人の命を救ったのだ。できれば表彰をしたいが、どうだ?」と言われ。


 さすがに何もしていないのに表彰は勘弁してくれとお願いすると、それだけは聞き入れてくれた。


「やれやれ、とんだ目に遭った」


 話を終えて解放された俺は、家の近くまでパトカーで送ってくれると言われたが断った。

 近所の人に、パトカーから降りてくる姿を見られて変な噂を立てられたんじゃたまらないし。

 それに、余計な心配をかけたくないから家族にも何も連絡をしないでほしいとお願いすると、それもすんなり聞き入れてくれた。


 「今日ばかりは、町の若い英雄様の言うとおりにしてあげよう」だそうだ。

 

「……あ、晩飯忘れてた。くそっ、こんなことならかつ丼くらいねだっときゃよかった」


 家の近くまで帰ってきたところで夕食を買い損ねたことに気づく。

 そして、さっきまで極限の恐怖にさらされていたこともあって、相当エネルギーを消費したのか腹が減って仕方ない。


「でも、さっきのコンビニも営業してるか怪しいよな。はあー、今日はマジでついてないや」


 少し離れたところまで自転車を漕ぐ気力もなく。


 俺は腹をすかせたまま、帰宅した。



「好き。大好き常盤君。私のことを、命がけでかばってくれるなんて……」


 コンビニでトイレを借りていたところに突如現れたコンビニ強盗。

 私は、トイレの中で凍り付いていた。

 もしこんな狭いところに押し入られたら、逃げ場もなく死んでしまうと。

 恐怖で、扉を開けて外に出ることもできなかった。


 でも、そんなときに彼がまた。

 常盤君が、私の盾になろうと、駆け付けてくれた。


「動かない、何があってもここは動かない、か。 ……かっこいい、私、常盤君のためならなんでもできちゃう」


 中にいたのが私って気づいてたんだよね。

 ふふっ、常盤君もやっぱり私のこと、大好きなんだね。

 それに、犯人を倒しちゃうなんて、すごく強いんだ。

 私を二度も、助けてくれた。

 もう、常盤君のために死にたい。

 常盤君にめちゃくちゃにされたい。

 えへへ、もう常盤君のこと以外考えられない。


「まだ、帰ってないのかな?」


 コンビニで少しだけ警察の人に事情聴取されたのち、私は彼の家に向かった。

 そして玄関のチャイムを鳴らすも、誰もいない。

 もしかして、犯人を捕まえたことで警察の人にあれこれ聞かれてるのかな?

 うん、きっとそうだよね。

 誰かほかの女の人と遊んでるなんて、そんなことは絶対ないよね。

 きっと、お腹を空かせて帰ってくるよね。


「鍵、開いてる……もしかして私のために開けてくれてたの? ふふっ、常盤君ったら」


 私は、静かに玄関を開けて初めて彼の家にお邪魔する。

 知らない家なのに、どこか落ち着くのは彼の匂いがするからなのだろうか。

 ここで毎日彼が過ごしていると思うと、それだけで興奮が止まらない。


「キッチンは……あ、あった。冷蔵庫の中は……もう、全然食材ないわね。でも、そういうところも男の子らしくて、好き」


 冷蔵庫の中にある限られた食材で調理を始める。

 ご飯と卵があれば、オムライスくらいはできるし。


 帰った時、私の手料理が待ってたらどんな反応するかなあ。

 びっくりして、うれしさのあまり泣いてくれたりしないかなあ。


 私なら、きっと泣いちゃう。

 ううん、そんな彼を想像しただけで泣きそう。


「ふふっ。大好きだよ常盤君。だーいすき」


 

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