来客


「常盤君……もう、一生ついていくね」


 私は昔から可愛い物に目がない。

 猫とか大好きだし、大きなぬいぐるみとかもいっぱい部屋に飾ってある。

 そして今日見つけたぬいぐるみは、久しぶりにビビッと来たものだった。

 本当は常盤君に何かプレゼントしようと思って寄ったはずのゲームセンターで、つい自分のためにお金を使ってしまって。


 でも、不器用な私はそれを取ることができなかった。

 なのにそんな私の代わりに、優しい彼がそれをとってくれた。

 なんでゲームセンターになんか来たのだろう?

 ううん、きっと私が心配でついてきてくれたんだ。

 そういうところも優しくて、好き。

 そして私のためにお金を使ってぬいぐるみを取ってくれたのに恩着せがましいことを一言も言わずに、さりげなくプレゼントしてくれるところも。


「大好き。今日はこの子と一緒におうちに行こうかな」


 だけど、今日は先に帰ってるのかな?

 ご飯、まだ作ってないから常盤君が自分で作っちゃうかも。

 お礼がしたいのにな。

 

 とりあえず、おうちにいかなきゃ。


 おうちに昨日一緒にいた子を連れ込んだりしてたらいけないから。

 常盤君をたぶらかす女は、私がきちんと罰を与えてあげないとだから。

 

 ね、パンダさん。

 今日は汚れたらいけないから、やっぱりお留守番してて。


「えへへ、えへへへ」

 


「はあ……なんかここ最近色々ありすぎだよ」


 家に帰ってすぐ、キッチンの椅子に腰掛けて独りごちる。

 まだ、手の震えが収まらない。

 あんなに緊張したのは、いつぶりだろう。

 昔、ピアノの発表会で大勢の前で演奏させられた時くらい、震えてる。

 

「……迷惑じゃなかったかな」


 氷織先輩はあの後、俺が置いて行ったぬいぐるみを持って帰ったのだろうか。

 だとしたら、俺のことをどう思ったのかな。

 最近、偶然よく会うようになっただけの後輩男子にいきなりぬいぐるみを渡されたなんて、逆の立場ならちょっと怖い。


 なんであんなこと、したんだろう。

 普段の俺なら絶対しなかっただろうけど。


「……先輩のあんな顔を見てたら、見て見ぬふりなんて、無理だよな」


 物憂げな表情。

 あの、なんとも言えない儚い雰囲気が俺を狂わせた。


 横顔も、電車の揺れでなびく艶々した髪も、細い首筋も。

 全てが作り物のように綺麗だ。


 だから俺の下心が顔を覗かせたのだろう。

 万が一にでもあんな美人に感謝されたら……。


 いや、違うな。

 きっと俺は、あの人が喜ぶ顔が見てみたいなんて、そんなことを思っていたんだ。

 あの人が笑ったらどれだけ素敵な笑顔なんだろう、とか。

 あの人が笑ってくれたらどんなに心が満たされるだろう、とか。


 ……俺、あの人に惹かれてるのかな。

 まともに話したこともない人を好きになるなんておかしな話だけど。

 彼女には不思議な魅力がある。

 ただ綺麗なだけではなく、気になってしまう何かがあるというか。

 ほとんど接点もないのに、身近な人のように感じてしまう。

 あの甘い香りも、なぜか懐かしくて落ち着く。

 波長ってやつなのかな。

 ……なんてな。勝手にいいように考えすぎだ。


「ピンポン」


 物思いに耽っていると、玄関のチャイムが鳴った。

 宅配便かな?

 母さんのやつ、よくネットでくだらないものばかり買うからな。


「はーい」


 すぐに玄関へ向かい、扉をあける。

 しかし、誰もいない。


「なんだ、悪戯か?」


 今時ピンポンダッシュなんて流行らないことをする奴もまだいるんだな。

 でも、不審者が最近多いし鍵はちゃんとかけておいた方がよさそうだ。


「ったく……」


 誰かの悪戯にうんざりしながら玄関を閉める。

 そして再びキッチンに戻っているとまた。


「ピンポン」


 チャイムが鳴った。

 悪戯にしてはあまりにタチが悪い。

 俺はイライラしながら再び玄関を、今度は力強く開けた。


「おい、誰だよ一体……え?」

「お、やっぱりここだったか」

「金子……それに高屋さんもなんで?」

「いやー、今日も二人でこっちに遊びにきててさ」

「いや、そうじゃなくて家、なんで知ってんだ?」

「はは、この辺りで常盤さんって人の家はあるかって近所の人に聞いたんだよ。そう警戒すんなって。な、高屋さん」

「ええ、常盤って苗字珍しいもんね」


 今日もデートだったという二人は、まだぎこちなさそうな雰囲気のまま、それでも嬉しそうに互いを見合って笑っていた。


「なるほど。で、わざわざ何の用事だ?」

「いやあ、高屋さんがお前にちょっと話したいことがあるらしくてさ。時間いい?」

「高屋さんが? まあ、いいけど」


 まともに話したことのない高屋さんが一体俺に何の用事だろうと首を傾げながら二人をとりあえず家の中に通す。

 高屋さんは少し気まずそうにしながら頭を下げて、金子は初めて入る家にテンションを上げながら「広いなあ」と。


 そして手前にある客間に案内したあと、飲み物を取りに行きながら話とは何か考える。


「……そうか、宮間さんのことだな」


 きっとそうに違いない。

 もちろん内容まではさっぱり想像もつかないが、初めて遊んだ翌日に宮間さんの様子がおかしかったことと関係あるのだろう。

 もしかして俺が気づかないうちに変なことを言って怒ってるとか?

 いや、だけど夜にわざわざ電話までくれたわけだし……。


 とにかく、話を聞いてからだな。


「おまたせ」


 お茶を持って客間に戻ると、二人は並んでソファに座っていた。

 いい感じ、ってのが伝わってくる。

 きっとこの二人は付き合うんだろう、羨ましい限りだ。


「で、話って?」

「ああ、それなんだけど。高屋さん、言いなよ」

「うん……あのさ、千佳のことなんだけど」

「宮間さんが何かあった?」

「……」


 少し言いにくそうに目を逸らす高屋さんの様子を見て、やはりいい話ではないのだろうってくらいの察しはついた。

 だから聞くのが怖くて、俺は客人より先にお茶に口をつけた。


 そして少しの沈黙のあと、高屋さんは顔を上げながら聞いてくる。


「どうして千佳に嘘なんかついたの?」



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