一緒がいいな


「ん……せ、先輩?」


 外で物音がしたので、シャワーを止めて扉の方を見ると。

 扉の向こうに人影が。

 先輩、だよな?


「何してるんですか?」

「ううん、洗濯物を取りにきたの。着替えたもの、洗濯に出しておくね」

「え、いいですよそんなの。俺の下着なんて汚いですって」

「いいの、ついでだから。それとも、迷惑?」

「め、迷惑なんかじゃありません、けど」

「そ。じゃあ気にしないで。好きだから、やってるの」

「はあ」


 そう言って、先輩の影は消えた。

 先輩は家事が好き、なんだな。

 まあ、そうじゃなけりゃいくら面倒見がよくても母さんに頼まれたからといっても、ここまでよくはしてくれないだろうけど。


 ほんと、変わった人だ。

 まあ、おかげで俺は先輩と楽しく過ごせてるわけなんだが。


「……でも、あんまり俺だけのんびりしてるのも悪いな」


 さっと体を洗ってから風呂を出ることに。

 そして、先輩がたたんでくれた着替えを着てからリビングへ行くと、先輩は膝にぬいぐるみを置いたままテレビを見ていた。


「あ、もう出たの?」

「ええ、お先でした。先輩も、入るんですよね?」

「うん。あの、やっぱり一緒は、だめ?」

「え、ええと……そのこと、なんですけど」


 一応、先輩の希望通りぬいぐるみと一緒に風呂に入れないかと考えたんだけど。

 やっぱりそれは難しかった。

 だから代替案じゃないけど、こうしたらどうかって話で気分を紛らわせてもらおうと。


「お風呂は無理ですけど、一緒に寝るとかはどうですか?」

「一緒に……いいの?」

「そ、そりゃあ寝るのはもちろん。俺もそうしたいくらいです」

「ほんと? うん、それじゃ私、お風呂入ってくるね」


 俺の提案がよほど響いたのか、さっきまで大事そうに抱えていたぬいぐるみをソファにポイっと放って、先輩はさっさと風呂場へ行ってしまった。


 俺は転がったぬいぐるみを直して、その隣に座る。

 ほのかに先輩のぬくもりが残ったソファは、温まった俺の体をより熱くする。

 さっきからずっと、先輩のことしか考えていない。

 明日の学校のこととか、母さんたちがいないこれからの生活のこととか、もっと考えないといけないことがたくさんあるのに。


 もう、先輩とどうやって仲良くなるかってことばかりが頭の中を埋め尽くしていた。



「一緒に、寝る……もう、えっち」


 うれしくて私、また濡れちゃった。

 お風呂に入る前でよかった。

 常盤君ったら、ほんと私のこといじめてくるんだから。


「常盤君が入ったお風呂……失礼します」


 彼の汗がたっぷり染みたお湯。

 そう思うだけで私の体は、お湯の熱なんか関係なく内側から熱くなる。

 その湯船で顔を洗うと、全身がゾクゾクする。

 彼と一つになったみたい。

 溶け合ったみたい。

 溶け合いたい。


「お風呂はだめでも、一緒には寝たいなんて。寂しがりやさんなのかな。それとも、早くえっちなことがしたいのかな」


 どっちでもいいよ。

 常盤君の望むままに、私をもてあそんでくれていいよ。

 手を握って眠るのも、体を重ねて朝を迎えるのも、唇を重ねたままおはようっていうのも、なんでもうれしい。


 してほしいことがあったら、なんでも言ってくれていいの。

 どこでもなめてあげる。

 どこでもなめてほしい。

 私の体はね、少し冷たいからびっくりするかもだけど、あたためてほしい。

 お風呂の熱なんかじゃ足りない。

 あなたの体温の方が、ずっと私を熱くする。


「えへへ、えへへへ、えへへへへ。ちゃんと、洗っておかないとね」


 ごしごし。

 ごしごしごし。


 私の体はきれいなままだよ。

 常盤君のためだけのものだよ。


「いーっぱい、汚していいからね」



「お風呂、出たよ」

「あ……お疲れ様、です」


 先輩が髪をふきながらリビングに戻ってきた。

 まだ少し湿った髪が色っぽく、少し火照って赤くなった頬がかわいい。

 それに、スウェットに着替えたんだ。

 その格好で帰るのかな?


「もう、寝る?」

「え、ええ。もう少ししたら寝ようかなって」

「そっか。じゃあ私も、寝ようかな」

「あ、もう帰ります? だったら俺、送りますけど」

「帰る? どこに?」

「え? いや、家に、ですけど」

「家、いるけど」

「え、そ、そうじゃなくて先輩の家に」

「家、だけど?」

「え? あ、あれ……」


 なんか会話がかみ合わない。

 俺は先輩の自宅に帰るのかと聞いているのに、先輩はしきりに家にいるとだけ。

 やっぱり天然なのかなあ。


「もう、寝るんだよね?」

「え、ええ。だけどその前に先輩を送っていかないと」

「私に、そんなにかえってほしいの?」

「え? いえ、そういうわけじゃありませんけど」

「じゃあ、もう休も? 私も、眠たくなってきちゃった」


 先輩は少し眠そうに目をこすると、なぜか俺の部屋がある二階に続く階段の前へ。

 あがれってこと、なのか?


「……とりあえず部屋、戻りますね」


 先輩はもう少しゆっくりしてから帰るのか、それともこのまま帰ってしまうのか。

 気になるがこれ以上しつこく聞くのも野暮な気がして階段を上がる。

 すると、先輩もなぜかついてくる。


「あ、あの。二階は俺の部屋しかありませんよ?」

「知ってる。お部屋、行くの」

「え?」


 階段を上がったところで足が止まった。

 そして俺を追い抜いて先輩は部屋の扉をスッと開けて、


「寝よ?」

 

 そう言って勝手に部屋に入っていった。


「ま、待ってください。あの、寝るって、その」

「一緒に、寝るんだよね?」

「い、一緒に? そ、それっとつまり、俺と、先輩が、ですか?」

「うん。そうしたいって、言ったから」


 先輩に言われて、俺は過去の発言を振り返る。

 確かに、一緒に寝たいくらいだとか、そんな話はした。

 したけど、それはぬいぐるみとって話のつもりだったんだけど……。

 もしかしてまた勘違いしてる?

 

「先輩、さっきのはですね、ええと、つまりあのぬいぐるみと」

「ぬいぐるみ……ぬいぐるみと寝たいの?」

「え? あ、いえ、抱き枕っていいなあと思って」

「そっか。うん、それじゃ持ってきてあげる」


 先輩は思い直した様子で部屋を出てから階段を降りる。

 その光景にほっとする。

 まさか勘違いとはいえ、俺が一緒に寝たいと言ったと思って添い寝までしようとしてくれてたとは……いや待て、ということは俺が一緒に寝たいっていえば先輩は寝てくれる、のか?


 そんな馬鹿な……。いやいや、それはないない。

 さすがに先輩も俺をからかって遊んでるだけだろ。


「持ってきたよ」


 部屋で悶々とする俺のところに、ぬいぐるみを抱えた先輩が戻ってきた。


「あ、ありがとうございます。ええと、先輩は、その、一緒じゃなくていいんですか?」

「私? うん、一緒がいい」

「そ、それじゃ先輩がその子使ってください。俺は大丈夫なので」

「ううん、だめ。抱き枕、欲しいんだよね」

「ほ、ほしいですけど別になくても」

「ううん、強がりはよくないよ。だから」


 だから。

 先輩はその言葉の後に少しだけ間をおいてから。


 部屋の中を進んでくる。

 俺の前に立つ。

 そして、


「この子は、二人で一緒につかお?」



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