ちょっぴりわがまま

「席、空いてますよ。座りましょう」

「うん」


 二人で駅まで歩く間、先輩はずっと黙ったままだった。

 何か考え込んでいるような雰囲気だったので、邪魔したら悪いなと思って話しかけることもせず。

 当然、昨日のように手を繋ぐこともなく、淡々と二人で駅まで向かい、電車に乗る。


 今朝も大勢の人が赤糸浜駅で降りていき、それを見届けたホームの人たちが電車へ乗っていく。


 幸い前の方で待てたこともあって、席が確保できたので並んで座る。

 不思議な感覚だ。

 先輩と偶然一緒になったことは何度もあったけど、こうして意識して同じ電車に乗って同じ椅子に座るなんて。


「結構、揺れますね」

「うん。怖い」


 ガタンガタンと電車が揺れるたびに隣で先輩は体を強張らせる。

 人が多いから、だろうか。

 先輩は体をスッと俺の方に寄せてきて、反対隣の人から避けるように身構える。


「大丈夫ですか? 壁際の席が空いてたらよかったんですけど」

「大丈夫。でも、不安だから……」

「あ」


 俺の手の甲に先輩はそっと小さな手を乗せる。

 そして軽く握りながら、手をもじもじさせる。


「こうしてて、いい?」

「え、は、はい。俺は大丈夫、ですよ」

「うん」


 先輩の手は相変わらず冷たい。

 でも、ひんやりとするはずなのに、何故かあたたかくも感じる。

 俺の心臓の鼓動は、どんどんと激しくなってくる。

 この手を通じて、緊張してるのがバレないか心配だ。


「……あ、そういえばその紙袋は、何が入ってるんですか?」


 気になってはいたけど聞くタイミングがなかったことを、咄嗟に話題にする。

 先輩は学校のカバン以外に大きな紙袋を一つ持っていた。

 中身はおそらくお弁当なのだと想像がついていたが、少しでも気を紛らわそうと敢えて気づかないふりをしてみた。


 でも先輩は、


「秘密」

 

 と、なぜか答えてくれなかった。


「秘密、ですか?」

「うん。ないしょ」

「はあ」


 どうみてもお弁当だと思うのだけど、違うのかな。

 なんで先輩がその中身を秘密にしたのかはわからないが、しきりに隣で「ないしょ」とつぶやく先輩がかわいすぎて思考停止した俺はそのまま先輩を見つめていて。

 

 やがて電車が学校最寄りの駅に到着した。



 ホームを出るときに、自然と先輩と繋いだ手は離れた。

 そして駅を出ると登校中の他の生徒たちの姿もちらほらとみられるので、さすがにここで手を繋いだりはできないなと思って俺は自分の手をポケットにすっこめる。


 先輩は少し後ろを歩きながらずっと黙ったまま。

 まあ、これくらいの方が大騒ぎにならずに済むかなあと安心していたところで後ろから声がする。


「よう千代、おはよ」

「おお金子、おはよう。なんか久々な感じだな」

「はは、確かに。ていうかお前さ、やっぱ付き合ってんの?」

「え?」


 急にひそひそと声を小さくしながら金子は嬉しそうに聞いてくる。


「いや、氷織先輩とだよ。一緒に登校なんて、ラブラブじゃん」

「あ、いや、これはだな、いろいろあって」

「なんだよいろいろって。なあ、聞かせろよ」

「あーもうわかったわかった。また後でな」

「へーへー。んじゃ、邪魔したら悪いし先行くわ。また教室で」


 金子はさわやかに先を行く。

 相変わらず明るくてサバサバしてるくせに噂好きなやつだなとあきれていると、先輩が俺の隣に追いついて、じーっと俺を見つめてくる。


「な、なにか?」

「さっきの人が、金子君?」

「え、ええ。いいやつなんですよ」

「そう。やっぱり仲がいい友達とは、遊びたい?」

「え、そりゃあまあ。でも、学校でいつも一緒だから毎日ってほどでもないですけど」

「そっか。うん、わかった」

「?」


 何がどうわかったのかよくわからないが、先輩は何かぶつぶつと独り言をつぶやいていた。


 そして学校に到着すると、靴箱のところで先輩は、「ちょっと待ってて」と言って、自分の靴箱の方へいって上履きに履き替えてからすぐに戻ってきた。


「じゃあ、行きましょ」

「え、行くってどこにです?」

「教室、だけど」

「教室? でも、先輩と俺の教室は反対側じゃ」

「うん。でも、ちゃんと教室に行くか心配だからお見送りする」

「だ、大丈夫ですよ。俺、別に授業さぼったりなんて」

「ううん、だめ。お見送りする」

「はあ」


 なぜか先輩は俺を教室まで送り届けてくれると。

 どうせ母さんに、俺がちゃんと勉強してるかを確認してくれとか言われてるんだろうけど。


 子供扱いだなあ。

 俺、ちゃんと真面目にしてるのに。

 信用ないのかな。


「……」


 先輩と一緒に一年生の教室がある校舎を歩いていると、ちらちらと廊下ですれ違う連中に見られる。

 ただでさえ上級生が下級生の学舎をうろついているだけで目立つというのに、それが学校一の美女と名高い氷織先輩だったら尚更。

 そしてその先輩が下級生の男子と一緒に歩いてるとなればもう、皆が皆気が気じゃなく。


 俺も俺で生きた心地がしない。

 そんな中で先輩だけが冷静さを保っている。


「あの、教室に着きましたよ」

「うん。じゃあ、行ってらっしゃい」

「は、はい。ええと、なんかすみませんわざわざ」

「ううん、いいの。私が好きでやってることだから」

「で、でも」

「いいの。それじゃ、また後で」


 先輩は颯爽と俺のもとから去っていく。

 その後ろ姿をずっと、俺は目で追っていた。


 先輩とすれ違う生徒たちも、先輩の姿を見ると足を止め、その優雅な姿に見蕩れていた。


 やっぱり先輩はきれいだ。

 そしてどこか儚げで気品があって。


 あんな人と俺、昨日一緒に寝たんだよな。


「……先輩」


 昨日の夜のことを思い出して、俺はまた胸を痛める。

 教室に入ると、すぐに数人のクラスメイトから話しかけられて先輩とのことをあれこれ聞かれたけど、ろくな受け答えもできなかった。


 ずっと一緒にいたせいで、少し離れ離れになるこの時間さえも、辛かった。


 俺、先輩に依存してるの、かな。



「えへへ、みんな私たちのこと噂してる。幸せ」


 教室に戻る時は、彼と離れ離れになるから寂しかったけど、だけど教室に戻るとクラスメイトの女の子たちが私に「ねえ、後輩彼氏君とラブラブなの?」って聞いてきてくれる。

 今までは男に興味がない、いけ好かない女って感じに敬遠されてた私に、みんなが気さくに話しかけてくれる。


 まあ、それはどっちでもいいんだけど。

 どうせまた、こいつらは手のひらを返してしまう生き物だから。

 今だけ、嬉しそうに群がってくる連中だって知ってるから。


 だけど、常盤君とのことを祝福してくれるのはうれしい。

 みんなが私たちの関係を知って、うらやましいって思ってくれてるのがうれしい。

 えへへ、私は幸せだよ。

 この後も、休み時間のたびに彼に会いに行っちゃうの。

 

 それに、お弁当も渡しに行くの。

 本当はさっき渡したらよかったんだけど、それだとつまんないもん。

 みんなの前で、私が彼のために作ったお弁当を、堂々と渡すの。

 毎日、毎日、彼の教室に通うの。

 他の子が、付け入るスキがないってことをわからせるまで、ずっと。

 他の子があきらめてからも、ずっと。


 私って、ちょっぴり独占欲が高いから。

 でも、そんなわがままもかわいいねって、言ってくれるよね?

 常盤君は、私のことかわいくて好きって、言ったもんね。


「常盤君も、十分かわいいよ。えへへ、早く休み時間が来ないかなあ」



 

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