学校一の美人先輩の俺への好感度が、俺の知らない間に勝手に爆上がりしていた件。そして先輩が勝手に病んでいってる
天江龍
プロローグ 電車の中で起きたこと
「まもなく、一番線に電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください」
春。
あたたかい日差しに目を細める人々で混みあう朝のホームに響くアナウンス。
ここ、赤糸浜駅は数年の間で随分と大きくなり、観光客が押し寄せるスポットとなった。
元々、海辺の景色が綺麗な観光地としてそこそこ人が訪れていた郊外地ではあったが、数年前にここの名所である赤糸浜という浜辺でドラマの撮影があったことから一気に人気に火が付いた。
ドラマの内容は大したことのない恋愛もの。
冴えないデザイナー男とキャリアウーマンの年上女が惹かれ合うという、どこかで見たような内容だった。
ただ、その中で、二人が夕暮れ時の浜辺でロマンティックな告白をするシーンや、喧嘩して彼女が泣きながら走っていく際に、駅のホームで彼がその腕を掴んで抱き寄せるシーンなんかは、とてもよかったと記憶している。
出ていた俳優さんがその当時最も話題な二人だったというのも、このドラマの視聴率を上げた大きな要因だろう。
で、そんな感動的なドラマを全国の人が見て感化され、ここは一躍聖地となった。
赤糸。
つまり赤い糸というのが恋愛成就のスポットとして最適な名前だったとも言える。
ここの浜辺を一緒に歩いたら両思いになれるとか、ここの駅から一緒の電車に乗ったら結婚できるとか、そういうゲン担ぎが世間で瞬く間に大流行り。
実際には、浜辺には観光客以外のただ散歩を楽しむ近所の人とか暇をつぶすその辺の学生も日常的にたくさんいるし、電車には毎日の通勤や通学で多くの人が乗り合わせるので、そんなおまじないに効果があったら見知らぬ人と恋人になりかねないから恐ろしいわけだけど。
って、そんなロマンのかけらもないことを思いながら俺は電車を待つ列の先頭で、一歩後ろに下がる。
うっかり黄色い線を踏んでいた。
早く車両に飛び乗って座る席を確保しようと前のめりになっていたんだろう。
危ないから、ちゃんと駅員さんのいうことは聞かないとな。
「おっと」
後ろに一歩下がったその時、俺は後ろの人と体がぶつかった。
「すみません、大丈夫ですか?」
「……ちっ」
「?」
振り向くと、少し汚れたコートを羽織った中年男性が俺をにらんでいた。
そして舌打ちをしてから男は悔しそうにその場を去っていく。
俺、なんか気に障ることでもしたかな?
足でも踏んじゃったんなら悪いことしたな。
「お、来た来た」
朝から少し申し訳ない気分にさせられながら電車を待っていると、ガタンと音を立てながら駅に電車が入ってくる。
そして自動ドアが空気の漏れる音と共に開くと、中から一斉に乗客が雪崩れるように降りてきて。
そのあと、今度はホームで待つ客が何かを取り合うように車両に乗り込んでいく。
「ええと……お、空いてる空いてる」
多くの人が降りた車内もすぐに人で埋め尽くされていく中、空いている席を見つけて腰かける。
ここから、今日から通う高校までの電車の時間は約二十分。
一度学校見学の際に行ったことがあるが、急行電車なら一駅で到着するし、案外近く感じるほど。
でも、そんなわずかな時間でも俺は無駄にしたくない。
今日から俺は高校生だ。
だからこういう何気ない時間も読書に勤しんだり勉強したり、とにかく無駄にしたくない。
「……ん?」
鞄から本を取り出そうとしたその時、目の前にいた老人男性の姿が目に入った。
きょろきょろと席を探している様子。
でも、腰を曲げて不安そうにする老人の姿に気づきながらも誰も席を譲ろうとしない。
俺も、いつもなら見てみぬふりをしていたかもしれない。
ただ、この日は席を譲ってあげようと立ち上がった。
理由は単純なもので、朝のニュース番組で見た星座占いで『人に親切にしたらいいことがあるかも?』って言ってたから。
まあ、どんな理由であれ、困ってる人の為に行動するのはいいことだろう。
「あの、よかったら席、どうぞ」
「おお、いいのかい? すまんねえ」
「いえ、たまには景色でも楽しみますよ」
「ほほ、感心な若者だ。いやはや、お礼をさせてくれ」
「そんな、いいですって。それでは」
席を譲ったおじいさんが、ポケットから財布を取り出すのが見えて俺は隣の車両へ逃げた。
多分、お金をくれようとしてたのだろうけど。
知らない老人に席を譲っただけでお金をもらうなんて、なんか怖いし申し訳ない。
気を遣わせないようにと隣の車両へ移ったその時、がたんと電車が揺れた。
「うわっ」
少し酷い揺れに、バランスを崩した。
そして、目の前にいた男性に思い切りもたれかかってしまい、その男性と一緒にバランスを崩して転倒した。
「いてて……だ、大丈夫ですか?」
「ぐっ……なんなんだお前は」
「す、すみませんバランスを崩してしまって……ん?」
「あっ、こ、これは、違う、違うんだ」
男のカバンからこぼれた荷物の中身。
その辺に散らばったのは、写真だ。
そして写真の中身は、
「盗……撮?」
「く、くそがっ!」
スカートと太ももがアップされた写真がいくつも。
それを見て呆然とする俺や周りの人間の視線から庇うように男は写真を拾い集める。
写真をかき集めながら男はあたふたとその辺を這いずり回り。
そして、写真を集め終えると男はそばにいた女子高生の方へ寄っていく。
「こ、こうなったらもうやけくそだ!」
「きゃーっ!」
「かわいい子だなお前、触らせろや!」
女の子の悲鳴と、男の汚い声が車内に響く。
男は、鞄を捨てて女子高生へ手を伸ばし、公衆の面前にも関わらず迫っていく。
と、その時再び。
さっきより酷く電車が揺れた。
「うわっ」
と、バランスを崩した俺はまたしても男に向かって転がりこむ。
で、満員電車の人の群れに突っ込む形で一緒に転倒。
その男を押し倒す形で転がると、俺の下敷きになった男は完全にのびていた。
「あちゃあ……」
不可抗力だが男を気絶させてしまって、どうしようと戸惑っていると電車がゆっくりと速度を落としていく。
そして、駅のホームに到着するとすぐに、女の子の叫び声に怯えて逃げ惑う乗客と入れ替わるように駅員たちが人混みをかき分けながら乗り込んできた。
「下がってください。変質者が車内にいると通報が入ってます」
「や、やべ」
本来ならここできちんと事情説明をしたり、さっき押し倒した変質者であろう男の安否も確認したかったところだけど。
なにせ今日は入学式だ。
高校生活初日に警察の厄介になったうえに入学式を欠席なんて、とんだ不良と思われるに違いない。
悪いこととわかりながらも俺は人混みに紛れながらその場を離れる。
まあ、車内は人であふれていたし混乱した乗客の波にのまれた俺のことなんて誰もわかりゃしないだろうと。
混みあう改札口を抜けると、少し早足で駅を離れて学校へ向かった。
◇
「そういや、あの子大丈夫だったんだろうか」
学校が見えてきたとき、ふとそんなことを思った。
何食わぬ顔で登校する在校生の先輩たちと、俺と同じく緊張した面持ちで学校に向かう新入生であろう同級生たちの姿をみているとなんとなく電車で襲われそうになっていた子のことが気になった。
あの子も、もしかしてこの学校の生徒だったりするのか。
とっさのことで、顔もよく覚えてないけど多分うちの制服だった気がする。
まあ、この学校の制服なんて近所の学校と似たり寄ったりのブレザーだから、見間違いかもしれないが。
「やっぱり、あの場に残っておいた方がよかったのかな」
なんて。
思いながらも今更引き返す度胸もなく。
人の流れに沿うように学校の敷地へ入っていき、校庭の中央でメガホン越しに「新入生の方は体育館へ向かってください」と叫ぶ先生の案内に従って体育館へ。
地元から少し離れた高校とあって、知った顔がいない俺は緊張を隠し切れないまま襟元も正して体育館へ向かって行った。
◇
「えー、新入生の皆様におかれましては」
云々と。
学校長の形式ばった挨拶を今、体育館の中にいた先生の指示で並んだ列の後ろ方で聞いているところ。
左右前後にいる男女が、ひそひそと会話をしていたりする。
きっと地元の連れ、なんだろう。
俺も、この中で仲良くなれるやつとかいるのかな、とか。
ぼんやりしていると、隣の列の女子連中の雑談が耳に入ってくる。
「ねえ聞いた? 今朝電車で変質者が出たって」
「うん、聞いた聞いた。なんかうちの制服きた男子がその人を捕まえたんだってね」
「噂だと一目散にタックルして押し倒したらしいよ。すごいよねえ、先輩かなあ? 会ってみたいなあ」
「ね。絶対かっこいいよねその人って」
そんな会話をなんとなく聞きながら、途中でそれが誰のことを話しているのかを理解した。
多分だけど、それは俺じゃないか?
今朝電車に出現した変質者って多分あの男だろう。
そうそう同日に近くで変質者が多発するとも考えにくいし。
で、あの変質者を気絶させたのは紛れもなく俺。
単にバランスを崩しただけなんだけど、タックルといえばタックルしたし。
……そんな話になってんの?
「えー、それでは新入生の皆さんは、後ろの掲示板で自分の名前を探して各クラスへ戻ってください。場所がわからない方は近くの先生まで」
入学式は滞りなく終わった。
そして、左端の列から順番に新入生が体育館をあとにしていく。
やがて、自分の列が退場となり、後ろの掲示板の中から名前を探すと、一年一組の中に自分の名があった。
「さてと……ん?」
体育館の玄関先で靴を履いて外に出ると、体育館そばの中庭のど真ん中にぽつんと立つ女子生徒の姿が遠目に見えた。
俺以外の人間も、たった一人で誰もいない場所で佇む女子生徒の姿に目を奪われていた。
「なにあれ」
「でも、めっちゃ美人じゃね?」
「足ながっ! 二年生? 三年生? 遠目だけどめっちゃかわいい感じするよな」
じいっと新入生の群れを見つめるようにこっちを向いたまま動かない彼女は、おそらく十メートル以上向こうにいるのではっきりと顔が見えるわけではないが遠目でも美人に映る。
そんな彼女を他の連中同様に見ながらぞろぞろと人の流れに沿って進んでいく。
そして後ろからの人に押されてバランスを崩しそうになったあと、再び中庭に目をやると、そこにはもう彼女の姿はなかった。
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