いってらっしゃい。そして、ただいま
「はあ……」
突然決まった一人暮らしにまだ、戸惑いを隠せないまま部屋に戻った俺はベッドに寝そべって天井を見上げながらため息をつく。
普段からすれ違いだらけでろくに話すこともなかった両親だけど、いざいなくなるとわかると寂しさだってある。
まあ、二人とも同じ会社で働いてるんだけど元々海外勤務とかもある会社だって聞いてたし、いつか転勤とかもあるんじゃないかって思ってたから、それはまあ仕方ない話として。
明日から氷織先輩が俺の世話をしに家に来る、だと?
冷静になって考えるとそれ、やばくないか?
いくら年上とはいえ、一つしか違わない同じ高校生の彼女が俺の身の回りの世話をしてくれるなんて。
それ、もはや彼女だよ。
ていうか嫁だ、嫁。
……本当にそんなことがあり得るのか?
先輩だって高校生なんだから友達と過ごしたり趣味があったり、それこそ好きな人でもいればその人と遊んだりだってしたいはずだろうに。
いや、よく考えたら別に毎日来るとは一言も言ってなかった。
多分、時々俺の様子を見に来て母さんに報告する程度のこと、なのかもしれない。
そう思うと、妙に納得できた。
家も近所だし、母さんも頼みやすかったに違いない。
ま、ともあれ先輩はまた近いうちに家に来てくれるってこと、だよな。
その点だけは母さんの遠慮のない性格に感謝だ。
「ふあぁ、なんか眠くなってきたな」
もやもやしていたことが少し解消されたところで一気に眠気が襲ってきた。
明日は二人とも、朝早くに出かけるって言ってたけど。
多分俺は起きられないな。
ま、今時はいつでもどこでも顔を見ながら通話だってできるし。
寂しいのも束の間だろう。
おやすみ、父さん母さん。
気をつけていってらっしゃい。
♡
「それじゃあとのことは頼むわね紫苑ちゃん」
「はい、おばさま。おじさまも気をつけていってらっしゃいませ」
「ははっ、まさか千代にこんな可愛い彼女がいるとはなあ。それにこんな早朝に見送りにきてくれるような気の利く子だなんて、千代にはもったいないくらいだ。息子のこと、よろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
朝の三時過ぎ。
私は常盤君の自宅の前でお義父様とお義母さんをお見送りにきた。
昨日、思い切ってお義母さんに常盤君ともっと一緒にいたいのでお部屋を一つ貸してもらえないかって相談したら、予想外の答えが返ってきた。
二人で転勤することになったから、ちょうど私に常盤君のことをお願いしようと思っていたのだと、言われた。
「でも、ほんとよかったわ。この転勤の話だって、紫苑ちゃんがいてくれるって安心できたから受けれたわけだし。ね、転勤断ると出世どころか出向までありえたものね」
「そうだな、ほんと感謝してもしきれない。なんでも必要なことがあれば母さんに言ってくれたらいいからね、紫苑さん」
「はい、ありがとうございます。でも、私は彼と一緒ならそれで幸せなので」
「紫苑ちゃんったら、ほんといい子ねえ。それに比べてあの子ったら、起きてもこないなんて」
「昨日も私のわがままにいっぱい付き合ってくれたんですよ。だから疲れてるんですきっと。大丈夫、朝ごはんもちゃんとやっておきますので」
「ええ、頼りにしてるわ。あ、いけないついつい話し過ぎちゃったわ。それじゃお願いね」
「はい。お気をつけて」
二人が車に乗り込んで、お義母さんは窓を開けて私に手を振りながら。
二人の乗った車のライトは遠くなっていき、やがて見えなくなった。
「ふふっ、行っちゃった。ちょっと寂しいなあ、せっかくお義母さんとも仲良くなったから」
でも、それ以上に嬉しさが込み上げてきて、体の震えが止まらなくなる。
今日から、ここで毎日常盤君と二人っきりなんだ。
えへへ、朝起きたら常盤君がいて、昼下がりにも常盤君といて、日が暮れたら常盤君と休む。
常盤君も、嬉しいよね?
朝目が覚めたら私がいて、私と一緒にお日様の光を浴びて、夜になっても私は帰らない。
だから昨日みたいに、寂しい顔しなくていいんだよ?
もう、常盤君のこと寂しがらせたりしないよ?
「じゃあ、早速お邪魔し……ううん、お邪魔するなんて変だね。ただいま、だよね」
もう、ここは私の家だと思ってくれたらいいってお義母さんにも言ってもらったし。
「ただいま。えへへ、ただいま、常盤君」
暗い玄関から、二階へと続く階段を見上げる。
常盤君、まだぐっすり寝てるんだろうな。
すぐにでも会いに行きたいけど、今はぐっすり寝させてあげよう。
だって、今日からはずっと、ずうっと一緒なんだから。
焦らなくていいよね。
ゆっくり、愛を育もうね。
「さてと、今日の朝ごはんは何にしようかなー」
これからは毎日献立を考えないとだから、大変だね。
でも、これも花嫁修行だと思えば楽しい。
立派なお嫁さんになるからね、私。
「今日は頑張ってスクランブルエッグ作っちゃお」
外は薄暗く、今日の予報は曇りだそうだけど、私の気分は晴れやかなまま。
昨日買ったばかりのフライパンを加熱しながら、卵を溶く。
自然と、笑いと独り言が溢れてくる。
「ふふっ、えへへへ。常盤君、だーいすき」
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