愛情を込めて
♤
「あれ、ここって……」
先輩と二人という緊張感と、あまり通り慣れない道を歩いていたせいもあって気づかなかったけど。
先輩に言われるままに歩いて、角を曲がった先にあったのは我が家だった。
もしかして先輩の家って、ほんとに近所なのかな?
「あのー、先輩の家はここからどのくらいですか?」
「もうすぐのところ」
「そ、そうなんですね」
思った以上に先輩はご近所さんのようだ。
まあ、それなら母さんと知り合いってのも頷ける。
よく休日に散歩してる母さんは近所のおばさんとかと勝手に仲良くなって、たまに家に連れてきたりなんかしてたこともあったし。
先輩のきっとそんな感じで知り合ったんだろう。
「ん? 先輩、何かありました?」
先輩はなぜか俺の家の前で足を止めた。
そして、じいっと家を見上げている。
「……おうち、着いたよ」
「え、ここは俺の家、ですけど」
「うん、お昼まだだったよね?」
「え、ええまあ。それがなにか?」
「私、作ってあげる。おばさまに頼まれてるの」
「え?」
驚きを隠せない俺に対して先輩は素知らぬ顔で家に入ろうとする。
俺は、慌てて先輩に声をかける。
「い、いいですよそんなの」
「いや、なの?」
「い、嫌ってわけじゃないですけど……」
「迷惑?」
「そ、そんな……むしろ俺の方こそ迷惑じゃないかなと」
「ううん、全然。私、料理好きだから」
「で、でも」
「やっぱり私の料理は、不味かった?」
「せ、先輩?」
この時、初めて先輩の悲しそうな表情を見た。
ほとんど表情に変化はないが、大きな目が少し潤んで、心なしか口元がキュッと細くなる。
その様子を見て、これ以上遠慮なんて出来なかった。
「あの……お昼、本当にいいんですか?」
「……うん。今日はパスタでも作るから」
「わ、わかりました。それじゃ鍵、開けますね」
急いで鍵を開けると、先輩は俺より先に家に入って靴を脱いでそのままキッチンへ。
そんな先輩の後ろ姿を見て、思った。
母さんと仲がいいってことは、いつも母さんが家にいないことも知ってるんだろう。
で、もしかしたら俺がほったらかしって話もしてて、それで気を遣ってくれてるのかも。
……案外、面倒見がいい人なのかもしれないな。
打ち解けてみたら、実は優しくて甘やかしてくれるお姉さんタイプだったり、なんて。
待て待て、何浮かれてるんだ。
それだったらただの同情じゃないか。
もっと男らしいところアピールしないと、一人前の男として見てなんてもらえないぞ。
うん、とりあえず料理の準備だけでも手伝おう。
「先輩、何か手伝いましょうか?」
先輩を追いかけてキッチンへ。
すると、すでにエプロンをかけた先輩は髪を括りながらこっちをチラッと見て、
「いい。部屋にいて」
あっさり断られてしまった。
「あ、あれ……」
そして俺を無視するように、先輩はシンクで手を洗い始めた。
「あ、あのー先輩?」
もう一度呼びかけてみたが先輩はこっちを見ることもなく調理器具を出し始める。
「……失礼します」
もう、これ以上話しかけてくるなオーラがすごかったので俺は退散。
ちょっと浮かれかけてた自分が恥ずかしくなって、部屋に帰るとそのままベッドに倒れ込むように寝転んだ。
「……やっぱり、俺なんか眼中にないのかな」
ここ最近の偶然の連続で、すっかり俺は先輩と顔見知りの仲になれたと勘違いしてたけど。
先輩からすれば俺は知り合いの息子、でしかないのだ。
……なんか、悔しいな。
でも、あんなに冷たい態度取らなくてもいいじゃないか。
先輩……
♡
「常盤君……」
私のバカ。
どうしてあんなにそっけなくしちゃったんだろ。
常盤君、ちょっと寂しそうだった。
でも、私は常盤君に見られながらちゃんと料理できる自信がないの。
洗い物くらいならいいんだけど、料理してるところをずっと見られてたら緊張でうまく作れないと思う。
うん、絶対無理。
だって、今こうして二人で家の中にいるって考えてるだけで全身が熱くなって、震えが止まらないの。
初めておうちに来た時だって、こんなことはなかったのに。
私、会うたびに常盤君への気持ちが大きくなってる。
助けられるたびに、常盤君への想いが体中から溢れ出てくる。
おかしくなっちゃいそう。
毎日幸せすぎて、狂いそう。
だからこそ、もしも料理が上手にできなくて常盤君に嫌われちゃったらって思うと、不安で仕方なくてつい、あんな態度になっちゃうの。
常盤君なら、きっと私のことわかってくれるよね?
もう一度降りて来た時には、さっきの私の態度なんて水に流して優しくしてくれるよね?
くれるよね?
絶対、だよ?
「常盤君……私の愛情をたっぷり込めてお料理頑張るね」
今日の献立はカルボナーラだよ。
えへへ、卵とミルクたっぷりにしちゃうんだから。
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