一緒に帰ろう
♠
「私を支えてね」
「は、はい」
ふらふらとよろめきながら建物を出た先輩は、道路に出る手前の段差のところでそんなことをつぶやいた。
まだ、さっきの恐怖と緊張のせいで足元がおぼつかないのかな。
でも、支えるって言ってもそんなことをしたら先輩に触っちゃうしなあ。
「ま、まだしんどいならどこかで休みます?」
少し歩いたところで俺は彼女にそう聞いた。
すると、彼女は横の建物を見上げるように顔をあげる。
俺も、つられて見上げると。
「あ」
ちょうどラブホテルの前だった。
御休憩という看板の文字が目に入って俺は慌てて弁解する。
「す、すみませんそういう意味じゃなくてですね……ええと、と、とりあえずこの辺は人気も少ないし治安よくないんでさっさと離れましょう」
「……いいのに」
「え?」
「いえ。行きましょ」
「は、はい」
早くこんな場所から離れようと先を急ぐ。
すると、先輩はホテルの入り口の前で足を止めたまま、高い建物を見上げていた。
「あ、あの……」
「うん、行きましょ」
「ええと……はい、帰りましょう」
「もう……」
「?」
「ううん、帰りましょ」
「は、はあ」
いつものごとく眉一つ動かないポーカーフェイスだが、しかし心なしか先輩は落胆したような顔をした、気がした。
もしかして俺がホテルに誘ってきたと思って幻滅したとか?
でも、あんまりしつこく言い訳してると、本当に下心があったとかって余計に誤解されかねない。
……ほんと最悪だ。
こんな場所、二度と来るもんか。
「お、千代じゃねーか。おーい」
「あ、金子?」
交差点に出たところで、反対車線から手を振りながら俺を呼ぶ金子は信号が変わると同時にこっちに向いて渡ってきた。
高屋さんも一緒だ。
「なんだなんだ、お前もこっちに遊びにきてなんなら言えって」
「い、いや俺は別に……ただ散歩してただけで」
「はは、さすがに彼女連れて散歩ってのは無理あんだろ」
「え、彼女? あ、いやこれは」
俺のすぐ後ろにいる氷織先輩を見てニヤッとする金子に対して俺は慌てて弁明するも、金子は「やっぱりそうだったんだな。いいっていいって。んじゃ、お互い楽しもうな」と言ってさっさと駅裏の方まで行ってしまった。
「……また、誤解されたな」
俺はちらっと先輩を見る。
しかし彼女は相変わらずの無反応。
ああやって俺なんかと噂されて、迷惑じゃないのかなって心配になったけど、先輩みたいな大人な女性からすればとるに足らないことなのかもしれない。
そう思うと、ほっとするようでちょっと寂しい。
照れたり、慌てたり、困ったりなんて先輩は想像もできないけど、ちょっとくらいそんな先輩も見てみたいけど。
ま、俺なんかに対してデレる要素がないよな。
年下だし、おこちゃまって思われてるのかも。
「せ、先輩、そういえば家はどの辺ですか? こっちでよかったですか?」
「うん。このまままっすぐ」
「わ、わかりました」
何度話しかけてもこんな感じでそっけない。
さっき助けたことも、先輩からしてみたらやっぱり余計なマネだったのかな。
ま、感謝されたくないかといえばそうじゃないけど。
別に下心で助けたわけじゃないし。
今は先輩を無事に家まで送り届けることに集中しよう。
♥
さっきのって常盤君の仲のいいお友達だよね?
ふふっ、常盤君を独占する悪い人かと思ってたけど、案外いい人そう。
私のことをちゃんと彼女って言ってくれてたし。
さすが常盤君のお友達。
そう、私は常盤君の彼女なの。
さっき、常盤君もきちんと私との関係を認めてくれたし。
さっきホテルに行こうって言ったのに恥ずかしがって慌てる常盤君も好き。
あたふたする顔、かわいい。
やっぱり初めてはお部屋の方がいいのかなあ。
彼のベッド、二人で寝たらちょっと狭そうだけど、その時は彼の腕枕で寝たらいいし。
二の腕、きっとあたたかいんだろうな。
私って冷え性だから、夏場は気持ちいいよ?
冬は……私をあっためてね。
えへへ、一緒に赤糸浜の街を歩いてる。
二人で歩いてる。
風が気持ちいい。
「あの、氷織先輩まだまっすぐでいいですか?」
「うん」
「わ、わかりました」
ふふっ、時々私を気遣って遠慮がちに振り向く常盤君な顔も大好き。
このまま真っ直ぐだよ。
そして角を右に曲がって。
そしたら、お家が見えるものね。
常盤君のおうち。
今日は一緒に家に帰るの。
お昼ご飯はもちろん私が作るから。
あと、夕食も私が作るから。
お昼食べたら何する?
一緒にリビングでテレビでも見る?
それともお部屋でゴロゴロする?
なんでもいいよ、常盤君となら。
そうだ、さっき常盤君がいっぱい頑張ってくれたから何かお返しもしないと。
マッサージとかしてあげちゃおっかな?
うん、今日はまだ日が高いね。
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