大丈夫だから

「……ん」

「おはよう千代君。朝よ」


 まだぼんやりと夢の中にいるような感覚が抜けないまま、先輩に起こされて目が覚めた。


 目を開けると、そこにはいつもの制服姿の先輩がいた。


「お、おはようございます」

「ん、どうしたの? お顔、赤いよ?」

「い、いえ……」


 先輩の顔を見た瞬間、俺は寝る前の出来事を全て思い出してしまって、顔を逸らした。

 

 昨日の夜。

 そして今朝にかけて。

 先輩と……。


「あ、俺ちょっとトイレ行ってきます」

  

 朝っぱらから欲情してしまいそうになって、俺は逃げるようにトイレへ向かおうと。


 するがしかし、先輩に腕を掴まれた。


「どこいくの?」

「え……あの、だからトイレに」

「ダメ。一人にされたら寂しいの。千代君、こっち来て」

「あ」


 ぎゅっと抱きしめられて、全身の力が抜けた。

 胸を押し当てられて、昨日の夜の先輩の感触が蘇る。


「し、紫苑、さん……」

「もう、さん付けはヤダ。ちゃんと呼んで?」

「……紫苑」

「うん。ねっ、キスしたい」


 急に甘えてくる先輩は、俺の緊張とか戸惑いとか余韻とかそんなものを軽く吹っ飛ばした。


 余りの可愛さに俺は、そのまま彼女にキスをしていた。


「……明るいけど、大丈夫でした?」

「うん。お顔がはっきり見えたから嬉しい。千代君、また今日もしたいね」

「……うん」


 このまま、先輩を押し倒してしまいたいくらいに可愛くて。

 でも、学校の時間が迫っていたからここまで。


 ムラムラさせられたまま、先輩の作ってくれた朝食をいただく。


 そして食後に入れてくれたコーヒーを飲んでようやく気持ちが落ち着いたあたりで、昨日のことがちょっとずつ気になり始める。

 

 勢いに任せてとはいえ、何もつけずにそのまましてしまった。

 最後まで。

 先輩は大丈夫な日だと言っていたが、果たして大丈夫なのだろうか?


「あの、今日の帰りにでもコンビニに寄りませんか?」

「何か買いたいもの、あるの?」

「い、いえ。ええと、今後もこんな生活が続くなら、その、ゴムとか……」


 高校生だし、その辺はちゃんとしないとって。

 恥ずかしいけど、先輩のことも考えてそう話すと、なぜか先輩は目を丸くしていた。


「した方がいいの?」

「え、いや、だって、まあ」

「大丈夫だよ? 私、大丈夫だから」

「で、でも……」

「私とは、そのままだと嫌?」

「そ、そんなわけないですよ。でも、さすがにまずいかなって……」

「まずい? 私は、まずくなかったよ?」

「……」


 どうやら先輩は、つけてしたくないみたいだ。

 俺だって、そりゃ多分つけないでした方が気持ちいいに違いないのだろうけど。

 高校生で子供できて、退学なんて。

 さすかに母さんに怒られるレベルでは済まないし。


「どうしても、しない方がよかったですか?」

「したらどんな感じなのか、わかんないけど。でも、したくない」


 もちろん俺も昨日が初めてで、先輩もどうやら初めてだったようなので互いにそういうものを装着した時の感覚なんて知らない。

 ただ、知識としてある程度だ。

 しかしここまでしなくていいというには何か理由が……。

 あんまり無理いうのも悪い、のか?


「……それじゃ、大丈夫な日だけつけないで、っていうのはどう、ですか?」

 

 苦し紛れにそんなことを聞いてみた。

 すると、


「大丈夫な時だけ……うん、いいよ?」

「そ、そうですか。それじゃやっぱり帰りはコンビニに、寄りましょう」

「うん」


 朝から変な話になってしまったが、とりあえず話はまとまった。

 俺も、先輩のありのままをもっと感じたいけど。

 まだ高校生だから、我慢も必要だ。 

 もちろん、我慢なんていうほどのことでもない。

 先輩をこの手に抱けるなんて、それ以上に幸せなことはない。

 これから毎日、さらに楽しい日々の始まりだ。



 千代くんったら、やる気満々だ。

 昨日も、あんなに私にいっぱい……幸せ。

 大丈夫な日だけ、何もしない。

 私の体が準備万端な時だけ、何もしないでしてくれるんだ。


 赤ちゃんできるのも、時間の問題かなあ。

 えへへっ、いいなあ。

 結婚、早くなるね。

 お腹大きくなる前に、ドレス着ないといけないね。



「おーす千代、相変わらず先輩とはラブラブなのか?」


 学校に着いて、先輩と靴箱のところで別れた時に金子が声をかけてきた。


「ああ、おはよう金子。まあ、ついに色々とな」

「うおー、まじか! なあ、どうだった?」

「いや、夢中だったけどやばかった。なんか俺、幸せだよ」

「いいなー。俺なんかさーまだ高屋さんと付き合えてないんだぜー。ま、今日こそは決めてやるけどよ」

「はは、いつもそれ言ってるじゃん」

 

 正直なところ、今日は学校に行くのが嫌だった。

 昨日の放課後に宮間さん達が怒っていた件。

 あれはまだ何も解決していない。


 だから教室に入って早々に、絡まれるかもしれない。

 もしかしたら、女子が結託して俺を無視するかもしれない。

 そんな空気が伝染して、俺はいじめられるかもしれない。


 そんなネガティブな気持ちは、朝からずっと心のどこかにあったけど。

 

「なあ千代、宮間さんたちと、ほら、大丈夫か?」

「心配さんきゅー金子。でも、もういいよ。俺、大事な人を泣かせたくないから」

「ふーっ、かっけえなあ千代。よしっ、俺は一生お前の味方だ。そん代わりブレんじゃねえぞ」

「ははっ、心強いな。頼むぜ」


 俺にも理解者がいる。

 だからそれだけで十分だ。


「……」


 教室に入ると、ジロジロと見られたりもした。

 しかし俺はそんな視線を気にしないようにして席へ。

 そして早速先輩から届いていたラインに返信していると、


「あの」


 声をかけてきたのは、宮間さんだった。

 

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