偶然?


「千代君に連絡先、教えちゃった。もう、我慢しなくていいよね」


 連絡先は随分前から知ってたけど。

 千代君ったら全然連絡先を聞いてくれないから、てっきり電話とかメールとかが嫌いなのかなって思ってた。


 でも、千代君も案外嫉妬深いんだ。

 だって、ずっと一緒にいて電話する機会なんてないのにわざわざ連絡先教えてだなんて。

 私の全てを知らないと、居ても立っても居られないんだね。


 ふふっ、お茶目。

 そんな千代君も大好き。


 それに、私もそうだから。

 千代君のこと、全部知らないと嫌だから。


 今、授業中に何を考えてるのかも、知りたい。


「ちょっとだけ、メールしちゃお」



 先輩と連絡先を交換した休み時間のあとの授業中。


 ポケットに入れているスマホがずっと震えている。

 ずっと、といえば大袈裟な言い方に聞こえるかもしれないけど。


 でも、ずっとブルブル震えてる。

 もしかして先輩から? であれば返信の一つくらいしたいんだけど。


 今は無理だ。 

 国語の田中先生は学校一携帯に厳しい人だから。

 噂によると奥さんと最近離婚したらしく、その原因が四六時中携帯を触っていて何もしなかったせいだとか。

 一体どこからそんな話が出回るのかは今は置いといたとして。

 とにかく今はポケットの携帯を見ることは……。


 いや、でも気になる。

 もしも先輩からの緊急のSOSだったらどうしよう。

 なんとか、確認する方法はないのか……。


「おい常盤、さっきから落ち着かないが体調でも悪いのか?」


 そんな時、そわそわする俺のところに先生がやってきた。


「あ、いえ……ん?」


 ふと、今がチャンスなのかと閃いた。


「せ、先生。ちょっと体調悪いので保健室、いいですか?」

「うむ、わかった。付き添いはいるか?」

「いえ、そこまでは大丈夫です」


 そう言いながらも、いかにも体調が悪そうに猫背気味のまま俺は教室を出た。


 そして、階段までいくとそっとスマホをポケットから取り出す。


 すると、着信が十件。

 あと、メールが何件か。


 慌てて確認すると、もちろん連絡は全て先輩から。

 何かあったのかと思ってメールを開くと、


『メールしちゃった』

『授業受けてる?』

『ごめんね、心配だったの』

『電話、声聞きたいな』


 そんな内容だった。


 それをみて最初に思ったことは、何もなくてよかったという気持ちだった。

 先輩がまた体調を崩していたり、それこそこの前のことでクラスメイトからひどいことをされてたりしてないか不安だったので一安心。


 それにしてもこんなに連絡しなくても。

 よほど寂しかったってこと、なのかな。

 ……頼られるのって、嬉しいな。


「とりあえず返信しないとな」


 保健室が見えた。

 一人で保健室に来るのって、考えてみたら初めてだな。


 ちょっと緊張するけど、廊下で突っ立ってるわけにもいかないし。


「すみません、失礼します」


 ガラガラと、扉をあけると。

 谷口先生が換気扇の下でタバコを吸っていた。


「あ」

「おっとすまん。授業中だから油断していたよ」


 先生は煙を換気扇へ向いてふーっと吐き出してから、灰皿にタバコを押し当てて火を消す。


「す、すみませんちょっと体調が悪くて」

「ああ、そういうことなら。しかし今は先客がいるのだが、まさか待ち合わせとかじゃないだろうな?」

「待ち合わせ?」


 先生は俺を軽く睨みつけてから、ベッドを隠しているカーテンをシャッと開く。

 すると、


「あ。千代君」

「せ……紫苑さん?」


 先輩がベッドに腰掛けていた。


「ごめんなさい、ちょっと体調がよくなくて来ちゃったの」

「そ、そうなんですね。奇遇、ですね」


 まさかこんなところで先輩に会えると思ってなくてびっくりしてしまっていると、少し苦い匂いを纏った先生がこっちにくる。


「その様子だと違うようだな。ふむ、それはそれで困ったなあ」

「何がですか?」

「いやなに、君たちが仮病を使っていたとすれば、それを黙認してやる代わりに私のタバコのことも黙っててもらおうと思ったんだが。ほら、校内は禁煙だし」

「い、言いませんよ別に」

「はは、それならいいが。しかしベッドは一つ。いくら君たちが恋人でも、学校で同衾させることまでは目を瞑れん。二人とも、お茶でも入れるからそこに座っていなさい」


 俺は言われるまま、先輩の隣に。

 先輩は今日も、甘い香りを纏っていた。


「千代君、体調悪かったの?」

「い、いえ。実は紫苑さんからの連絡が気になって、それで……す、すみませんちょっと国語の先生が厳しい人、だったから」

「ううん、ごめんなさい。授業中に携帯触るの、ダメだもんね。迷惑だったよね?」


 スマホを持ったまま、しょぼんとする先輩を見ると、さすがにメールは困るなんて言えない。

 それに、たしかに授業中というのはどうしたらいいか困るんだけど、だけどそれだけ俺と話したいと思ってくれている先輩の気持ちを考えると、嬉しくもある。


「紫苑さん、授業中はたしかに連絡できないこともあるかもなんですが……こうやって連絡くれるのは、その、嬉しいから」

「千代君……うん、私も控える。でも、大丈夫な時は連絡してもいい?」

「ええ、もちろん。ていうか休み時間とか、わざわざ来てもらわなくてもラインします? 俺、女の人とラインするのって、なんか憧れてたし」

「うん。じゃあ、そうするね。あと……」


 先輩は俺にスマホを向けると、パシャリと写真を撮った。


「え、な、何ですか?」

「千代君の写真、待ち受けにしておくの。これを見ながら、ラインするの。いい?」

「紫苑さん……ええ、もちろんです」

「千代君は、私の写真撮らなくていいの?」

「え? いや、そりゃ撮りたいですが」

「じゃあ、とって? あと、待ち受けにしてくれる?」

「は、はい。それでは……失礼します」


 俺も先輩にスマホを向ける。

 自分のスマホ画面に映る先輩は、少しカメラ目線でニッコリと。


 可愛い、と思いながらシャッターを切る。


 すると、とんでもない美人の写真が撮れた。


「……可愛い」

「千代君、うまく撮れた?」

「え、ええ。これ、待ち受けにしますね」

「うん。お揃いだね」


 そう言いながら俺の写真を見せてくる先輩は、いつになく穏やかな表情をしていて。

 俺は思わず先輩を抱きしめたくなったのだけど、そんな時に先生が「イチャイチャするな」と言いながらお茶を持ってきてくれたので、一旦スマホはポケットへ。


 だけど、確実に先輩との距離が縮まっていることを実感できた。

 保健室、来てよかった……。

 

 

 

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