あなたの声が聞こえる


「よう千代おはよ……って、おいおいまじかよ」


 学校に到着した俺たちに最初に声をかけてきたのは金子だった。


 いつも軽いノリの金子が、しかし今日ばかりは俺と先輩を見ながら目を丸くして口をポカンと開けている。


「おはよう金子」

「お、おう。おい、お前まさか」

「まあ、そういうことなんだ。あとでゆっくり話すからさ」


 先輩たっての希望で今、俺たちは手を繋いで登校している。

 道ゆく人にチラチラと見られていたし、登校中の他の生徒もみんな驚いた顔で振り返っていた。

 でも、先輩がそうしたいと言ってくれたんだから断る理由もなく。


 もちろん恥ずかしいんだけど、それ以上に優越感が勝っていて、どこか気が大きくなりそうだった。

 しかしそんなはやる気持ちを抑えながら、横を歩く先輩を気遣う。


「せんぱ……紫苑さん、大丈夫なんですか?」

「どうして?」

「え、ええとそれはまあ……みんな見てますし」

「みんなが見てたら何か問題あるの?」

「い、いえ特には」

「うん。もう、みんなにバレちゃうね」


 こんなに堂々と手を繋いで登校していたら、誰も俺たちの関係を疑いはしない。


 噂というのは思った以上に回るのが早く、学校について先輩と別れたらすぐに、俺のところに知らない連中が何人か寄ってきた。


「おい、あの氷織紫苑とできてるって本当なのか?」

「手繋いで登校なんていつからそんな関係だったんだよ」


 みんなが俺に群がってくるけど、まあ当然の反応だ。

 それに俺も隠すつもりはないし。


「ええと、昨日からなんだ。最近親の関係で仲良くなって」


 まだキスをどうこうとかそういう話はしなかったが。

 堂々と交際宣言をするとみんなまだ信じられないと言わんばかりの様子で俺を見ていた。


 もみくちゃにされたあと、ようやく教室へ向かうと今度は金子が。


「おいおい、ついにやったな千代。いやー、なんだかんだ親友として嬉しい限りだぜー」


 まるで我がことのようにはしゃぎながら俺に駆け寄ってきた。


「ははっ、ありがとう金子。なんかお前より先に彼女できるなんて思ってもみなかったよ」

「俺もびっくりだぜ。でも、すげーじゃんか。あんな美人をどうやって落としたのか今度ノウハウをご教授願いたいね」

「たまたまだって」


 そんな話で盛り上がっていると、始業のベルが鳴った。

 今日は先輩も、朝から教室についてくることもなく。

 しかし授業中もあちこちから視線を浴びた。

 それほどまでに、俺みたいなのがあの氷織先輩と付き合ったという事実が衝撃的だったのだろう。


 まあ、当の本人ですら未だ半信半疑なくらいだったし当然だけど。

 でも、俺は確かに先輩の彼氏になったんだ。


 今日はお昼ご飯とか、一緒に食べれるのかな。



「千代君、来たよ」


 休み時間。

 先輩は静かに俺の教室までやってきた。

 また体調が悪くて保健室に、なんて心配もしたけど今日は顔色が良さそうだ。


「どうしました?」

「ううん、別に。お話しようと思って、ね」

「そんな、わざわざ来てもらわなくても言ってくれたら俺が……って、よく考えたら連絡先、知らないですよね」


 うっかり、というか色々すっ飛ばしてるというか。

 一緒の家に寝泊まりして、付き合って、キスまでしたというのに俺は未だ先輩の連絡先すら知らなかった。

 ただ、今までなら聞くのも少し躊躇いがあったけど。

 さすがに今は彼氏なんだから迷うことはない。


「あの、よかったら連絡先教えてもらえませんか? 今更って感じもしますけど」

「あ、そういえば千代君は私の連絡先、知らなかったっけ。電話することとか、なかったもんね」

「ええ、そうなんですよ。でも、この前みたいに体調崩した時なんかは、知ってる方が便利ですし」

「うん。じゃあ、かけるね」


 先輩がスマホをポケットから取り出す。

 いつも家でスマホを触ったりしないので、先輩のスマホを初めてみた。

 なんか可愛い猫のマスコットみたいなキーホルダーがついている。

 可愛いもの、やっぱり好きなんだ。

 今度ゲーセン行ったらああいうものも……なんて思っているとうっかり先輩がスマホを取り出すことを忘れていて。

 何をしているんだと慌ててポケットに手を突っ込むと。


「あ、あれ? 電話だ」

 

 学校なんでマナーモードにしているスマホがブルブルと振動する。

 すると。


「電話、鳴らしておいたよ」


 先輩は可愛いキーホルダーを見せびらかすように両手で大事そうにスマホを持ったまま俺を見る。


「あ、ありがとうございます。あれ、俺の番号知ってましたっけ?」

「うん。知ってたよ」

「そ、そうですか。ええと、今かかってきてる番号ですね」

「うん」


 ブルブル震えるスマホに映し出された先輩の番号。

 今更なんだけど、こうして一つずつ先輩のことを知っていけるのは感慨深い。

 しかし先輩は俺の番号をいつの間に……ああ、そうか母さんの仕業だ。

 俺に話を通さずに勝手に教えたんだろ。

 まあ、いまとなればどっちでもいいけど。


「あの、もう切ってもらっていいですよ?」

「とって」

「え? 今、ですか?」

「うん。千代君と電話、してみたい」

「で、でも目の前にいるんだし」

「いいの。受話器から声、聞いてみたい」

「は、はあ」


 いつになく目を輝かせる先輩に言われるまま、俺は電話を取る。


「も、もしもし」

「うん。名前、よんで?」

「し、紫苑さん」

「うん」


 当然、電話の向こうからは先輩の声が聞こえるし、目の前に先輩がいるからその声と被るだけ。


 廊下を歩いてる連中も、何をやってるんだという白い目で俺をみて首を傾げていた。


 でも。


「千代君と電話、初めてだね」


 そう言って少し嬉しそうにしている先輩の笑顔が見れたので、別に誰にどう思われても構わなかった。


 そのあとですぐに照れる先輩も。

 やっぱり可愛かった。

 


 


 

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