第122話

はあ………はあ………はあ……


久しぶりに息があがる。


(この程度で息を切らしているとは…鍛練が足りんな)


これが終わったら鍛え直さねば……


そんなことを考えるアルフレードだが、体の負担は相当なもの。一般の騎士では立つこともできないだろう。


(だが、相手も同じ)


イナンも同じように息を切らし、余裕の表情が失われつつある。


「ッとに、しぶといな!!」

「誉め言葉していただいておこう」

「誉めてないっての!!」


イナンの苛立ちも頂点に達しており、攻撃も雑になって来た。攻め入るのなら今が好機。


アルフレードは、一気に片を付けるつもりでイナンに攻撃を仕掛けた。


キンッ!!


剣のぶつかる音と共に、剣が宙を舞う。


「残念。殺れると思った?」

「…………」


アルフレードの首元にクナイの刃を突き立て、勝ち誇ったように微笑むイナン。アルフレードの剣はイナンに弾かれ、地面に突き刺さっている。


「あれあれぇ?剣はどうしたのぉ?」


馬鹿にしながらアルフレードの顔を覗き込む。その顔は、完全に勝ちを確信していた。


だがアルフレードは口角を吊りあげて微笑み返した。


「剣は必要ない」


言うなりイナンの腹に拳を食い込ませた。あまりの事に防御が送れたイナンは、蹲り腹を抑えている。──が、アルフレードの攻撃は止まらない。


イナンが攻撃を仕掛ける前に拳や蹴りで圧倒している。


「クソッ!!」


やり返そうにも、隙がまったくない。


すばしっこい者を相手にするには、剣よりも武術の方が効率が良いと感じたアルフレードの苦肉の策だった。


ドンッ!!


イナンの胸倉を掴み、地面に叩きつけながら馬乗りになり睨みつけた。


「さて、形勢逆転だな」

「は……その身体でよく動けたもんだよ………化け物か」

「誉め言葉としていただいておく」

「だから誉めてんじゃないよ………」


疲れたように笑うイナンを、アルフレードは黙って見ていた。


勝負はついた。だが、妙な術を使うこの男をこのまま生かしておいていいものか………


そう考えていていると「はぁい、ストップストップ」とこの場に似つかわしくない呑気な声が聞こえた。


「あんたの負けよイナン」


それはローゼルだった。


「…………まだ負けてない」

「負けてるじゃない。潔く負けを認めなさい。かっこ悪いわよ?」


諫めるように言うが、イナンは聞き入れない。


「やだ!!俺は姉さんと一緒にいたいんだ!!その為なら何を犠牲にしても──!!」


目を血走らせながら叫ぶが、その言葉を言い切る前にパンッ!!と大きな音をたてて、ローゼルの平手打ちが炸裂した。


「子供みたいな駄々を捏ねるんじゃない!!何を犠牲にしてもいいですって!?誰がそんな事教えたの!?いい加減な理由で他人に迷惑をかけるんじゃない!!」


イナンはぶたれた頬に手を当て、涙ぐんでいる。そんなイナンを優しく包み込むように抱きしめる。


「血の繋がりはないけど、あんたは私の弟なの。今も昔も…大切な弟よ。それ以上でも以下でもない」

「う…う…うわーーーーん!!」


子供のようにローゼルの胸で泣きじゃくるイナンを見て、ようやく一息つけた。


ポンッと肩を叩かれ、振り返ればそこにはクラウスがいつも通りの笑顔で立ち「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけてきた。


「本当にな…」と言いながら、その場にしゃがみこんだ。


「しかし、ローゼル嬢も残酷な事を言いましたね」

「ああ、自覚がないから尚悪い」


大方、自分に見捨てられると思っていたイナンを慰めて、自分の弟だという事で安心させようという魂胆だったのだろうが、相手からしたら見当違いもいい所。


「好きな女性に、ああもはっきりと弟宣言されましたからね」

「あの涙は嬉しさと言うよりは悔しさだろうな。………ローゼルはまったく気が付いていないがな」


ここまでしても尚、弟判定をされるイナンを少しだけ不憫に思った。


「何はともあれ、片は付いた。帰るぞ。我々の国に」

「ええ。そうですね」

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