第95話
「ええ加減戻らんと、煩い眼鏡がお怒りやで?」
どうやら、帰りが遅いのを心配したエルスがルドを迎えに寄越したらしく、ひょいっと屋根から私の肩に飛び移って来た。
「今帰るところよ」
「なんやその顔?えらい渋いなあ」
軽快に笑うルドを睨みつけながら、視線をアルフレードに向けると「ああ」と納得したように頷いた。
「団長様が荷物ちとは、随分情けない格好やね」
「何とでも言え。惚れた女の為ならこの程度苦でもないわ」
「へえ?あんたでもそんな事言うんやね」
飄々としながこっ恥ずかしいことを言うもんだから、聞いているこっちは堪ったもんじゃない。
「ローゼル」
火照る顔を両手で覆い俯いていると、アルフレードに呼ばれ顔を上げた。
そのまま手を取られ、手のひらに小さな箱を握らされた。
「これは今日の礼だ」
「え?礼?」
いや、礼を言うのはこちらの方で、散々金を出させた相手に礼を言うなんて恐怖でしかないんだが!?
そう思いながら箱を開けると、小さなルビーの付いたシンプルなピアスが入っていた。ゴテゴテしたのを嫌う私からすれば、このセンスは正気いい。だが、そんな事口が裂けても言えない。
「ま、まあ、くれるって言うなら貰ってあげてもいいけど?」
「ははっ、本当に素直じゃないなお前は」
照れ隠しのように顔を背けながら言うと、大きな手で頭を撫でられた。あまりにも自然に撫でるもんだから、不覚にもドキッとときめいてしまう。
「へえ~……あんたも案外古臭い手を使うな」
「何とでも言え」
「は、余裕なしか」
箱の中を覗いていたルドが、ニヤニヤしながらアルフレードに物申しているが、なんの事やら分からない。
全く会話に付いて行けず「え?なに?」とルドに聞き返すと、呆れた表情のルドの口からとんでもない言葉が発せられた。
「お嬢……あんた、鈍感にもほどがあるやろ……その石、あそこの団長の目の色と一緒やん。……その意味分からんほど馬鹿やないやろ?」
「…………………………──んなッ!?!?!?!?!?!?」
ようやくその意味に気づき、顔から火が出そうなほど真っ赤に染まった。
慌てて返そうと箱を閉じようとしたが、その手をアルフレードに止められた。
「一度渡したのならそれはもうお前のものだ。要らんのなら捨ててくれて構わない。だが、せめて私の見えない所でやってくれるか?」
悲しげに眉を下げて、見た事ない弱々しい姿で言われ、思わず手が止まってしまった。
(なんちゅう顔してんの!!らしくもない!!)
そもそも捨てるなんてもったい無い。いくらしたと思ってるんのよ。勿体ないお化けが出るわ。
ルドはルドで「ええやん、売ってまえば。ええ金になるで?」とか他人事で言ってるし……
確かに捨てるのなら売った方が……いやいや、そういう事じゃない。
とりあえずその場は、これ以上拗らせても時間の無駄だという事で、
──この時はまだ、
◇◇◇
その日、外は大荒れで城からのお迎えが遅くなり、時間を持て余したイナンとお茶をしていた。
「……ねえ、そのピアス最近のお気に入り?ここんとこ毎日してるよね?」
「んぐッ!?」
耳元を睨みつけながら唐突に言われ、お茶が変なところに入り噎せ返ってしまった。
指摘されたのは、先日アルフレードに貰ったもの。
別にアルフレードから貰ったから付けてるとかじゃなくて、単に付けなきゃ勿体ないと思ったからで、普段つけてても邪魔にならないから付けてるだけだし。別に深い意味はないし。
(と言うか、どんだけ目敏いんだ!?)
呆れを通り越して、感心してしまう。
この洞察力は素晴らしいと思うが、時と場合を弁えろと教えておくべきだったと今更後悔してしてしまう。
「これは、お礼で貰ったものよ」
別に嘘は言っていないが、何となく罪悪感。
「ふ~ん……それって男?」
「え!?」
思わず声が裏返ってしまった。それと同時にイナンの雰囲気が変わった。
「へえ、男から貰ったものをそんな大事に付けてんだ」
「別にあんたに関係ないでしょ」
前世を通して感じた事のないイナンの雰囲気に戸惑いつつも強気に返事を返した。
イナンは明らかに苛立った様子を見せているが、それ以上の詮索はしてこなかった。まあ、私の性格を知っているイナンだからこそ、これ以上聞いても口を割らないと分かっているのだろう。
重苦しい空気が流れ、耐えられなくなってきた頃にコンコンとドアがノックされた。迎えが来たことを知らせるものだった。正直ホッとしていると、イナンが私の横で足を止めた。
「姉さんさ、昔から大事なものを作らないようにしてたよね。大事なものを作ればそれは自分の弱みになるからって」
思い出したように言うイナン。
確かにそんなことを言っていた。あの当時の私は信じられるものは自分だけと思っていた節があったし、毎日が危険と隣り合わせで弱みなんて持ったら真っ先に殺られる状況だった。
「今もそれは変わりない?」
「それは……」
今は状況が違う。
厳しいが優しい両親がいる。私の為に動いてくれる従者もいるし、友達と呼べる令嬢もいる。
言葉を詰まらせ黙る私に、イナンの顔が強張る。
「そうか。姉さんにも大事なものが出来たんだ………………俺よりも大事なもの……………」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉が聞き取れなかったが、イナンの表情は悲し気で今にも泣きそうだった。
「ちょ、イナン!?」
「姉さんさ、きっと後悔することになるよ」
「は?」
「俺からの忠告」
「え!?ちょっと!!」
引き留める私の声を無視して、イナンは部屋を出て行った。
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