第94話
(何故、私はこんなことに……)
目の前には、この場に相応しくない男が優雅にお茶を啜っている。
今私とアルフレードは、若い子に人気だと言われているカフェを訪れている。店内はファンシーな装いで、いかにも女の子達が好きそうな装飾に可愛らしいケーキ。そんな所に突如現れた場違いな騎士……
賑わっていた店内はアルフレードの登場で瞬時に静まり返り、一緒にいる私は居心地の悪い事この上ない。
周りからのチクチクと突き刺さるような視線に耐えながら、人気のケーキを一口口にした。
「───ッ!!!!」
(なにこれぇぇ!!)
口に入れた瞬間に全体に広がるフルーツと、生クリームの調和の取れた甘み。その甘みもしつこいなく、サッパリとしていて鼻から抜けるフルーツのいい香りが堪らない。
生地もパサつきなどなく、しっとりと滑らかな舌触りに口に運ぶ手が止まらない。
「──くくくくくっ」
夢中になっていると、笑い声が聞こえてハッと我に返った。
顔を上げると口を手で覆い、顔を逸らしながら笑いを堪えているアルフレードの姿があった。
「お前にもその様な顔があったんだな」
「当たり前です。私は、そこら辺にいる子らと何ら代わり映えのしない女ですから」
「ほお?」
疑うような目で見てくるが、こちらだって普通の女の子になろうと頑張っているんだよ。まあ、その道のりは遠いけど……
「
「ええ。口の中が幸せで包まれる様です」
ほぅと恍するような表情で伝えた。この人が甘いものを食べている姿なんて想像出来ないが、これは是非とも食べて頂きたい。
そう思いながらケーキにフォークを刺すと、フォークを持っている手を握られ、そのままアルフレードの口元に強制的に運ばれた。
「……甘いな」
ペロッと舌を拭いながら言うアルフレード。そんな一部始終を見ていた店内の女性客らからは黄色い悲鳴が響き渡り、その場は騒然となってしまった。
あまりの状態に収拾が付かず、慌ててアルフレードの手を取り店内を後にした。
置き去りにしても良かったのだが、そんな事をすれば店に迷惑がかかる。仕方なく一緒に飛び出して来たのだが……
(邪魔だ)
チラッと横目で見れば、腕を組みながら町を眺めているアルフレードがいる。この男をどうにか撒きたい。いや、それよりも
(いい事思いついた)
ニヤッと口角を上げた。
「アルフレード様。私、欲しいものがあるんですけど」
「お前がお強請りか?珍しいな」
上目遣いでお願いすれば、嬉しそうな顔を浮かべながら快く承諾する。
そう、私の策とは散財させて金遣いの荒い令嬢を装うこと!!
題して『愛は金より薄し。金こそすべて』作戦じゃ!!
……なんて意気込んだものの、この男の財力舐めてた……
「なんだ?もう終いか?」
両手に大量の荷物を抱えているのに、今だ余裕の表情を崩さないアルフレードに私の方が肩を落として項垂れている。
要りもしないのにドレスを何十着も買い、宝石に装飾品も店ごと買えるんじゃないか?と言うほど買った。靴も帽子も死ぬまで買わなくていいぐらい買った。これ以上買うものがない……
どうしたものかと考えている私の目線の先に、可愛らしい店が目に入った。おもむろにショーウィンドウを覗き込むと、二つの指輪が光っていた。
この世界でも結婚を決めた者は、お揃いのものを身に付けるという風習がある。身に付けるものはネックレスでもなんでもいいらしいが、やはり指輪が一番人気らしい。
「ほお、揃いの指輪とは随分と性急だな。まあ、私は構わんが?」
「ンな!?」
真剣に見ていると、耳に息がかかるほどの距離で言われ飛び退いた。
「ち、違います!!単に目に付いただけです!!私には必要ありません!!」
耳まで真っ赤にして否定の言葉を口にすると、アルフレードは肩を震わせて笑いを堪えている。そこでようやく揶揄られたと気が付き、更に顔に熱が籠った。
その後も変わらず私の後を付いて回ってくる。そして、気がつけば日が落ち始め夕刻になってしまった。
(わ、私の休日が……)
泣きそうになりながら、ふらつく足取りで町を出ようとすると、頭上から名を呼ぶ声が聞こえた。
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